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筑紫哲也に関するmojimojiのブックマーク (3)

  • 筑紫哲也さん死去:「キャスター」お茶の間に浸透 - 毎日jp(毎日新聞)

    長年の取材に裏打ちされた歯切れのいい言葉で、国際政治からポップカルチャーまでを語り、テレビの視聴者に支持されてきた筑紫哲也さんが7日、73歳で亡くなった。「ニュースキャスター」という言葉をお茶の間に浸透させた代表格だった。 朝日新聞記者時代には、テレビ朝日の報道番組「日曜夕刊!こちらデスク」の司会者に就任。今では一般的になった活字メディア出身のジャーナリストがテレビ出演をするきっかけを作った。 「筑紫哲也ニュース23」のキャスター就任後は、開戦直前のイラクで現地取材をするなど、現場にこだわった。98年11月には米国のクリントン大統領(当時)をスタジオに招き、市民との直接対話を実現させて話題を呼んだ。 TBSのワイドショースタッフが坂堤弁護士のインタビュー収録テープをオウム真理教幹部に見せた後、坂弁護士が殺害された問題が、96年に発覚。筑紫さんは当時の「ニュース23」で「TBSは死んだに

  • 特集ワイド:がんと闘う筑紫哲也さんに聞く - 毎日jp(毎日新聞)

    紅茶2杯で3時間。斜光の入るレストランの個室で、筑紫哲也さん(72)は終始ニコニコしていた。「がんは面白い病気」と語れるようになった筑紫さんは今、無常だからこそ輝く人生を、そのありがたさを感じているという。【藤原章生】 事務所のある赤坂のビルまで迎えに上がると、青いシャツに黒のジャケットというラフな格好で下りてきた。療養中にしては、はつらつとしている。 半年ぶりにテレビ出演した先月は、つけ毛が話題になったが、「生えてきたので、今は自毛です」と少し恥ずかしそうな顔をした。「もともと髪が多いから、局で『視聴者がショックを受ける』なんて言われて、つけ毛にされて。でも、嫌だから自分でばらしたんです」 以前、お会いしたのは2年前。日比谷のホテルのバーでアフリカの話をした。もともとがヘビースモーカーなので、灰皿が吸い殻の山になった。 病後、たばこをやめた。困ることが出てきた。大好きなマージャン

  • 筑紫哲也さん逝く

    筑紫哲也さんが7日午後、肺ガンのために亡くなったというニュース速報をみた。まだ、73歳。2年前からガンの療養中だったとはいえ、身近で会った人によると、「一緒に議論をしたり、事をしたりしてきた」と言うので、まさかそんなに早く亡くなるとは思わなかった。1989年から続いたニュース23も、「筑紫哲也の」という冠が外れてすでに数カ月になる。硬派週刊誌『朝日ジャーナル』の編集長時代に、私は『学校解放新聞』というミニコミ(といっても最盛時には5000部)を主催していて、インタビューをしたことがあるし、私がジャーナリストとして文章を書き始めたのも『朝日ジャーナル』だった。政治の世界に入ってからは、土井たか子さんや、辻元清美さんの会でご挨拶を交わすぐらいだったが、もうお会いすることが出来ないのかと思うと残念だ。 筑紫さんの死は、この国の危機的なジャーナリズムの現状の中で、大きな空白をつくってしまった。し

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