秋田藩二代藩主、佐竹義隆公の時代のことである。 そこに小貫五左衛門という、微禄の藩士がいた。 五左衛門は妻が幼い娘を残して死んだ。しかし貧乏な上に頼れるような親族もおらず、 一人で娘を育てていた。 城詰めの宿直などがあるときは、娘を葛籠に隠して城中に連れ入った。同僚たちはこの事を知っていたが、 彼に同情して見て見ぬ振りをしていたという。 ところがある時、宿直の夜、まだ4歳であった娘が夜泣きをし、こともあろうかその鳴き声が、藩主義隆公の 耳に入ってしまった。 すぐさま事情は究明された。無断で城中に娘を連れ入れてしまっていたのだ。小貫五左衛門はじめ同僚たちも、 定めし重い処罰がなされるだろうと、皆戦々恐々としていた。 そのうちに義隆よりのお達しがくだされた。そこには、こうあった。 『娘が成長するまで、小貫五左衛門の宿直は免除する』 そして小貫五左衛門や同僚たちへのお咎めは一切なかったそうだ。