「明治の出版王」と称された大橋佐平・新太郎父子は生涯、ブル(買い屋)で通し、「会社屋」とも呼ばれた。新太郎がかかわった事業会社は70社を超えた。大川財閥の祖・大川平三郎もしのぐ買いっぷりが記録されている。「父大橋佐平はすこぶる機敏、豪放な男だったが、欠点は尻のくくりが悪かった。しかるに新太郎は細心、周密であるから至妙な運用をなした。今や数百万の富者となり、出版業のほか、ガス、製糸、紡績、製麻、
「満州」とは、中国東北部の旧称です(当時の表記は「満洲」)。日本は、1932年に清朝最後の皇帝溥儀を元首として同地に「満州国」(当時の表記は「満洲国」)を建国させ、1945年までその影響下に置きました。また、これ以前から南満州鉄道株式会社(1906年設立。以下、「満鉄」)が日本の満州経営の中核を担っていました。 満州国や満鉄の各機関が作成、刊行、または所蔵していた資料、および満州国内で発行された資料(以下、「満州関係資料」)は、歴史的価値の高い資料ですが、第二次世界大戦後、一部は日本や米国に移され、また一部は東北部を中心とする中国国内に残されるなど、各地に散在しています。 ここでは、日本および中国を中心に、満州関係資料を所蔵する機関の目録や、インターネット上で閲覧可能なデジタルアーカイブなどを紹介します。なお、企業としての満鉄の社史や社員名簿や当時の満鉄の路線図や時刻表、写真などの調べ方に
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