「移動だ、移動がはじまったのだ」と男はポケットを落ち葉でいっぱいにしながら歩道橋の下を絶え間なく走る長距離トラックに向かって呟いた。福島県と山形県をつないだ新国道13号を移動する大きな車体が男の濁った目には、アフリカのサバンナを駆けるヌーの群れに映る。 いま、男は大自然を生きる動物の生態を調査する動物学者だった。トラックのマフラーから吹き出された黒煙は乾いた大地の砂煙、アスファルトとタイヤが摩擦するゴリゴリという騒音は彼らの生命の主張だった。ついさっきまで、頑なに自らを骨相学の創始者であるフランツ・ガルであると言い張ってやまなかったこの男を、誰も気に止めなかった。ましてや彼がかつて、北日本独立紛争時の勇士、ブルース・ウェインであることなど分かりようがない。みすぼらしく汚れたコートの袖に収まった腕は醜く萎縮し、薬物の影が彼の全体を覆う。彼の象徴であった巨大な男根さえ、干物のように股の間にぶら