「長い休み」はまだ終わらない。いつ終わるともしれない。なんの見通しもなく、いつ終わるのか聞いてもその返事さえない。 kamiyakenkyujo.hatenablog.com なんのための時間なのかさえ、具体的に示されない。 治療と投薬へ追い込まれ、ぼくの精神が蝕まれていく。 そうすれば音を上げるだろうと思っているのだろうか。スターリン時代のNKVDのように。 高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥」が思い出される。 何が面白くて駝鳥を飼うのだ。 動物園の四坪半のぬかるみの中では、 脚が大股過ぎるぢゃないか。 頚があんまり長過ぎるぢゃないか。 雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。 腹がへるから堅パンも喰ふだらうが、 駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢゃないか。 身も世もない様に燃えてゐるぢゃないか。 瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢゃないか。 あの小さな素朴な頭が無辺大の