pinza0604のブックマーク (1,458)

  • 波状言論>情報自由論>第3回

    text 情報自由論第3回 規律訓練から環境管理へ 著者:東浩紀 初出:『中央公論』2002年9月号、中央公論新社 少し振り返っておこう。連載の第一回では、現代社会を特徴づける二つの流れとして「情報化」と「セキュリティ化」を挙げ、両者の交差するところに新たな権力の場所が立ち上がりつつあると論じた。続く第二回では、その権力の特徴として、万人が万人に行使する「遍在型」であること、および、遍在する情報処理装置に支えられた「技術依存型」「機械型」であることを指摘した。 詳しい議論は繰り返さないが、ここで再度思い起こしていただきたいのは、この新たな権力がジョージ・オーウェル的な「ビッグ・ブラザー」のイメージでは捉えられないということである。現代社会においては、市民の自由やプライバシーを脅かすのは国家だけではない。信販会社は住基ネットと同じく膨大な個人情報を蓄積しているし、Nシステムやカーニボーと同じ

  • 「パルコ文化」、「セゾン文化」とはなんだったんだろう、 - 葉っぱのBlog「終わりある日常」

    武田徹オンライン日記で、増田通二氏の逝去を知る。ここに武田さんの書いている視点は興味深い。 たとえばパルコ文化とセゾン文化は重なりつつずれている。時期的には前者が後者を用意したが、前者のアイロニーは後者を嘲笑するポテンシャルをあらかじめもっていたようにも思え、位置づけは微妙だ。そうした機微を当事者として語る人がまず減ってゆき、文化の受け手として自ら経験をふまえて聞ける人もいつかやがて退場してしまえば実体感をもって戦後の一時代を画した文化を記録することはもはや不可能になる。そうして失われて行く歴史の一幕は実に多いのだろう。80年代前夜のパルコ文化もそうなってしまうのだろうか。 「パルコ文化」と「セゾン文化」を分けて考える視点は気がつかなかった。実際、現場で働いていた当事者の人々は、どのような感慨を持っているのだろうか?屋という通路から、リブロ池袋店を舞台にした田口久美子氏の『書店風雲録』が

    「パルコ文化」、「セゾン文化」とはなんだったんだろう、 - 葉っぱのBlog「終わりある日常」
  • カードローンのおすすめランキング14選|消費者金融と銀行のメリット比較|AI MONEY

    旧ニコス(現:三菱UFJニコス株式会社)にて、20年間不動産開発や債権管理を担当。 SBI住宅ローン等、モーゲージバンクの住宅ローン審査で営業歴14年有り。現在は、保険代理店・不動産住宅ローンをメイン事業とするAIコンサルタント株式会社にて、金融業界の長い経験に基づく豊富な知識でお客様の住宅・保険・お金に纏わる業務を担当しています。 金子正樹のプロフィール

    pinza0604
    pinza0604 2014/04/21
    これは面白い!
  • 本は読むものではなく、記憶するととてもいいですよ、というおすすめ。 - 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために

    【メディア論】100年後の 佐々木俊尚 第9回 2014.3.28.更新 この記事がとても面白かった。細かい内容よりもズバリ、タイトルで書いたように、 は読むものではなく、記憶するものだった。 ここが、興味深い。僕が言いたいことも、これにつきます。もう少し表現を変えれば、は記憶するものだ、記憶すると全く違った世界が見える、ということです。 もうちょっとコンビニエントに説明すると、ただ情報を摂取するのと、暗記するのは、自分の思考方法に与える影響が全く違います。 思考方法、、、もう少し噛み砕いていうと「考えるやり方」というのか「物事を考えるときの筋道」「発想のパターン」みたいなものは、型があるんですよ。これって、なんというか、とっても物理的なんだと僕は思うんですよ。 物理的というか身体的といったほうがいいかな?。 言葉でしゃべると、言葉でしゃべることができる、そのスピードとかに制限される

    本は読むものではなく、記憶するととてもいいですよ、というおすすめ。 - 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために
  • yo4ei1.com

    yo4ei1.com This domain is expired. The domain owner has to renew it from the admin setting if you continue using it. 2018 Copyright. All Rights Reserved. The Sponsored Listings displayed above are served automatically by a third party. Neither the service provider nor the domain owner maintain any relationship with the advertisers. In case of trademark issues please contact the domain owner direct

  • 食人大陸まうまう

    こんなブログ実在しません

  • 世界征服の軌跡:「STAND ALONE COMPLEX」について。

    SNS始めました。 だから更新止まってる、というわけではありませんです。はい。 まあ無関係でもないんですが…。 ―――― 「STAND ALONE COMPLEX」について。 攻殻機動隊テレビシリーズで出てくるひとつの、というかメインのテーマとして「stand alone complex(以下『S.A.C.』)」という概念があります。 「攻殻」はサイバーパンクな近未来SFなので、そのまま適応できるとは言えないけれど、この概念は現代でも有用なものです。 つうか、以下の話はこのフィクションが現代の暗喩であるという体で分析してます。 で、これからこの「stand alone complex」について書こうと思うんですが、一応ネタバレなんでまだ観てない人は注意してください。というか見てないとわからんかと思います。はい。 ―――― この「S.A.C.」という概念には二つの意味がある。 ?「孤人複合

  • 無敵超人ザンボット3第15話 海に消えた老将 原子力と特攻、富野作品の重要要素 - 玖足手帖-アニメブログ-

    :吉川惣司 絵コンテ;八尋旭 演出:広川和之 あらすじ http://higecom.web.fc2.com/kingbial/story/story15.html (あらすじは誰か一人が書けばいいので、僕は省力化のために引用します。ネタバレはします。でもあらすじを書くのは面倒なので外注します。感想だけ書きます。だからネタバレしてても見てない人には良くわからないかもしれません) 第3部開始前の単発作戦 ザンボット3は23話の短め2クール作品です。前回までに1クール目の第2部の連続バトルエピソードが終わりました。第1部で敵が出現し、第2部は神ファミリーが人々の理解を徐々に得ていく過程です。 そして第三部と言うのはあの悪名高き「人間爆弾4部作」です。次回からこのトラウマエピソードを見なければいけない…。つらい。その後、最終決戦編になだれ込みます。 私も先週は体調を崩して、ザンボット3を見れ

    無敵超人ザンボット3第15話 海に消えた老将 原子力と特攻、富野作品の重要要素 - 玖足手帖-アニメブログ-
  • 手かげんしないしょうがシロップGOLD

    「手かげんしないしょうがシロップGOLD」は、 あなたのご自宅で、自分でつくることができます。 糸井重里がふだんつくっている方法を ここにすべて公開しますので、ぜひ挑戦してみてください。 おしゃべりしながらの長いレシピです。 早くつくりたい方は 文字だけのシンプルレシピをこちらからどうぞ。 さあ、それではまいりましょう。 「ほぼ日」キッチンルームの糸井重里です。

    手かげんしないしょうがシロップGOLD
  • 批評とは何か? ――エドワード・サイード『知識人とは何か』『人文学と批評の使命』について - 鳥籠ノ砂

    エドワード・W・サイードは『知識人とは何か』(1994)と『人文学と批評の使命――デモクラシーのために』(2004)のなかで次のように問うている。知識人、あるいは人文学者や批評家とはどのような存在であり、彼らは民主主義においてどのような使命を背負っているのか。すなわち、知識人はどのような領域を代表(代理=表象)しなければならないのか、人文学者や批評家が代表(代理=表象)しうる圏域はどこからどこまでなのか。 サイードにとって、知識人は国家と伝統から離脱した存在でなければならない。すなわち知識人は、なんらかの国家や伝統を特権化してはならないということだ。彼らは故郷としての国家を喪失した者になり、伝統に対して周辺的な存在になる。要するに彼らは、特定の立場を持たないという立場を保持することになるだろう。サイードは、こうした知識人の行為を知的亡命と呼んでいる。柄谷行人ならば、それをトランスクリティー

    批評とは何か? ――エドワード・サイード『知識人とは何か』『人文学と批評の使命』について - 鳥籠ノ砂
  • 不健全な精神は健全な身体に 『家めしとは、最高のごちそうである。』とか、ポテトサラダとか - チェコ好きの日記

    作家の村上春樹がせっせかせっせかとマラソンで努力されている話は、けっこう有名だと思います。彼は、個人・村上春樹の健康のために走っているというよりは、小説家・村上春樹として、より良い小説を創り出すために走っている、という部分が強い印象を受けます。 なぜ走ることと小説を書くことがつながるのか? という話の詳細を知りたい方は『走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)』とかを読んでもらうとして、その理由を私流に解釈して簡潔にのべると、「不健全な精神は健全な身体に宿さなければならないから」というようなことがいえそうです。 小説を書いている人や絵を描いている人、もしくは私のようにそれなりの量の芸術作品に触れている人には身に覚えがあるのではないかと思うのですが、自分や他人が創り出したものは、ときに強力な負のパワーを帯びることがあります。そして、油断しているとその負のパワーに、ずるずると引きず

    不健全な精神は健全な身体に 『家めしとは、最高のごちそうである。』とか、ポテトサラダとか - チェコ好きの日記
  • サービス終了のお知らせ - NAVER まとめ

    サービス終了のお知らせ NAVERまとめは2020年9月30日をもちましてサービス終了いたしました。 約11年間、NAVERまとめをご利用・ご愛顧いただき誠にありがとうございました。

  • Maya Beiser: Making classical music sexy and smart

  • 売れない地下アイドルが「note」を始めたほうがいい理由 - あざなえるなわのごとし

    ※今日も今日とてnoteにブツブツと……。 語り手(以下、語)「……」 聞き手(以下、聞)「何見てるんですか?あ、noteですか。ハマってますね」 語「んー、そうじゃなくて、ちょっとこれを読んでたんだけどさ」 ・交換ノート09:なぜ「note」が面白いのか?ここらで軽く整理してみる | コグレマサト | note 聞「……あぁ、コグレさんのnoteですか」 語「んー。もともと別世界のひとなんでこっそり見てたんだけどやっぱりこういう「売り手」の人には向いたSNSなんだろうなーと余計に思ったんだよね。なにせ「ブログで金を儲けよう」というひとだから」 聞「「売れるコンテンツを生み出せる人には楽しいけど……」っていうあれですか?」 語「そうそう。noteって、もしかするとそういう「コンテンツの売り手とそれを囲むファン」からなるコミュニティに収束されていくのかなぁ、と思ってさ。例えば ダッシュボード

    売れない地下アイドルが「note」を始めたほうがいい理由 - あざなえるなわのごとし
  • XVIDEOS.JP

  • 0821 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    想像の共同体 ベネディクト・アンダーソン リブロポート 1987 Benedict Anderson Imagined Communities 1983 [訳]白石隆・白石さや ナショナリズムという言葉はウケが悪い。とくにコスモポリタンや民主主義者あるいは進歩的文化人を気取る者にとっては、忌まわしい響きすらもっている。おまけにネーション(国民)、ナショナリティ(国民的帰属)、ナショナリズム(国民主義)の関係もはっきりしないように見える。 アーネスト・ゲルナーは『民族とナショナリズム』で「ナショナリズムとは、もともと存在していないところに“国民”を発明することだ」などと言うし、『連合王国の解体』の著者トム・ネアンはもっと辛辣で、「ナショナリズムは個人における神経症のようなもので、近代の発展がもたらした不可避の病理だ」と書いた。 一方、シートン=ワトソンは『国民と国家』で「ナショナリズムを定義

    0821 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
    pinza0604
    pinza0604 2014/04/08
    [考え方」
  • 開かれた共同体と閉じた共同体 : 池田信夫 blog

    2014年01月03日16:53 カテゴリ科学/文化 開かれた共同体と閉じた共同体 キリスト教と資主義をつなぐのは、結社である。しかしこれは丸山眞男が理想化したような「自立した個人の自発的なゲゼルシャフト」ではない。そんな上品なものでは、ローマ帝国の激しい弾圧には耐えられなかっただろう。丸山が指導した日の左翼が挫折したのも、それが日的キリスト教会のようなサロンだったからだ。 初期のキリスト教団の特徴は、その共同体的結合の強さだが、通常のゲマインシャフトとは違ってそれは開かれた共同体だった。「背教者」と呼ばれた4世紀の皇帝ユリアヌスの手紙は、止めようとしても止められない無神論者(キリスト教徒)の強さを次のように記している。無神論者をこの上もなく発達させた理由は、他者に対する人間愛、死者の埋葬に関する丁寧さ、よく鍛錬された生き方のまじめさである。[…]それぞれの町に歓待する場所を多く設置

    開かれた共同体と閉じた共同体 : 池田信夫 blog
    pinza0604
    pinza0604 2014/04/08
    [考え方」
  • 想像の共同体 - Wikipedia

    『想像の共同体』(Imagined Communities: Reflections on the Origin and Spread of Nationalism)とは1983年に米国の政治学者ベネディクト・アンダーソンにより発表された著作。 アンダーソンは、ナショナリズムの歴史的な起源について考察するために国民国家が成立する以前の段階に着眼し、宗教的共同体と王国が社会の組織化のために果たした役割を指摘する。国民とは、これらのシステムが衰退するにつれて登場した新しい共同体であり、これを推進したのは資主義経済の成立、印刷を通じた情報技術の発展であるとアンダーソンは論じている。なぜなら、出版産業は国民意識の基盤を提供し、新しい形の想像の共同体を可能としたからだ。この共同体が成立する18世紀から19世紀にかけて、国民国家が登場する。国民国家は行政組織として形成されたが、その組織内部での交流を

    pinza0604
    pinza0604 2014/04/08
    [考え方」[
  • ODN:サービス終了のお知らせ

    ご訪問いただいたお客様へのお知らせ アクセスいただいたWebサービスは提供を終了いたしました。 長年にわたり、多くの皆様にご利用いただきましたことを心よりお礼申し上げます。 ODNトップページへ

    pinza0604
    pinza0604 2014/04/08
    [文化」
  • 日本文学における「近代的自我」って、わかりやすく言うとどういうこと?

    明治以降、戦前までの、あるいは現代にいたるまでの日の文学を貫く大きな主題を「近代的自我の確立」として見ていく、というとらえ方があります。 大雑把に言うと、 西洋近代社会の根には、近代的自我があった。 それに対して、封建時代を続けていた日には、近代市民社会というものは存在しない。そして、その核となる近代的自我もない。明治に入って、外圧によって開国を余儀なくされ、西欧列強に植民地化されないために、社会は急激な近代化を遂げた。 けれども、それは、西洋のように、近代的自我が自然な発達段階を経て成熟し、それと軌を一にして市民社会も成熟した、その結果としての文明ではないわけです。 そのギャップを埋めようとして、なんとか個人の内側に「自我」というものを確立しようとして苦闘した、一連の作家がいる、という考え方です。 ではヨーロッパの近代をささえた「自我」とはなんなのか。 これをまた考え始めると、大変

    日本文学における「近代的自我」って、わかりやすく言うとどういうこと?