1982年11月。横浜駅前に「モアーズ」が出来たときのことだ。コピーライターの中畑貴志が爆弾のようなキャッチフレーズを打ち出した。 「東京、カッペね」 「大阪、イモね」 80年代前半まで、ハマッ子には不埒なまでのプライド高さがあった。 「俺たちはマックが出来る前からハンバーガーやピザを食べていたんだぜ」 「ハマの洋食は本場仕込みさ」 「どうだい、この魅力的な町並みは」 といった外国由来のものにいち早く触れてきたことから来る、ささやかな自負心。 そこに米軍基地の町特有の優越感(とある人はこれを「国道16号線沿いの奇妙なプライド」と呼んでいた)が加わった。 上記の広告が話題になったのと同じ頃、本牧基地の返還が決まった。横浜から最後のエキゾチズムが失われようとしていたのとまさに同じ頃、もう一つの返還も行われた。三菱重工の工場閉鎖と移転である。 新都心みなとみらいはかつて三菱の造船工場であった。野

