大山崎には,「判紙の会合」と呼ばれる,秘密の神事が存在していた。毎年12月13日,大山崎の社司らが廟に参拝し,社座を開き,油売りに古式に倣って許可状と印券を与える。油を売る行為が,営利目的だけではなく,神様に奉仕する活動の一部を構成していたことがわかる。 この時代,大山崎は,全国の油売りの元締めとしての地位を守っていた。諸国から集まった油売りも,みな大山崎の免許状を受け,印券(許可証)を持って,諸国の港や渡し場 を通行した。港を守る武士も,これを妨げことはできなかった。大山崎の印券を持っている以上,彼らはただの商人ではなく,聖域の住人だからである。所によっては,灯明の渡 しという地名も生まれた。鎌倉幕府が室町幕府に変わっても,大山崎を尊重する方針は変わらなかった。 様々な職業を歌で表した『職人歌合』には,“よひごとに都へいづる油うりふけてのみ見る山崎の月” とあり,山崎の油売りの非常に多忙
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