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2009年5月8日のブックマーク (3件)

  • Fire Under the Snow

    チベットとドキュメンタリー制作者の輝けるそしてそんなに輝かない日々 -Tibet and glorious and not-so-glorious days of a documentary filmmaker 見たい映画がめじろおしで(映画は星の数ほどあれど、見たい、と腹の底から思う映画は少ない)わくわくな秋よん。 ちょうど、普段ボリウッド 映画を見に行くインド人の友達夫婦と、チベット人のフィルムメイカーの友達、そして雪の下の炎でアソシエイト・プロデューサーをやっているリンカーンくんが皆興味をしめしたために、リンカーンセンターでやっているNew York Film Festivalでどうしても見たかった映画、Carlosを見に行ったんだ。 土曜日だというのに朝11時から、しかもアップタウンでの映画、ということで、30分前に近所に住むインド人夫(といっても旦那さんはインドネシア人)とチベ

  • チベット特集:パンチェンラマ11世死去説の怪:イザ!

    ■4月25日はチベット仏教の指導者のひとりであるパンチェンラマ11世の20歳の誕生日だそうである。ちなみに、パンチェン・ラマ11世は2人いる。一人はダライ・ラマ14世が、パンチェン・ラマ10世の転生とみとめたゲンドゥン・チューキ・ニマ 。もう一人は中国共産党が指名したギェンツェン・ノルブ(現在満19歳)。中国報道でパンチェン・ラマ11世として登場するのはこちらのノルブの方で、現在はもっぱら北京におわして、和諧社会だの三つの代表論だの中国共産党思想を学んでいらっしゃる。25日に誕生日を迎えるのは、ニマ青年の方である。 ■ニマは1995年5月14日、6歳のとき、インドに亡命していたダライ・ラマ14世から転生者として正式に認定されたが、その3日後に両親もろとも失踪。で、同年11月29日に中国当局はこっちが物のパンチェン・ラマ転生者だと主張してノルブを発表した。翌年5月には、」中国当局はニマ少年

  • 田舎は好きだが、それでも東京を選択する。 - ミームの死骸を待ちながら

    僕は香川で生まれ育った。香川というのは「地方」だが、「地方」である香川の中で相対的に都会度の高い地区で生まれ、小学校入学前に引っ越して田舎度の高い地区で育った。 全国を転々としたでもなく別段人間関係をこじらせるでもなく、むしろ友人には恵まれて、平凡と言っていいほどの平和さ*1で高校までの18年間を過ごし、大学入学と同時に東京で一人暮らしを始めた。 このGW中、高校の同級生の結婚式に参加するため帰郷した。せっかくなので数日滞在し、久々に会う友人を含めた地元の人と話したり天気が良かったので海沿いを散歩したり母校に侵入したりうどんをったりと故郷を堪能した。 いつも正月か盆に帰るので、この時期の自然が特に印象的だった。海沿いの道を歩いて見つけた雑木林のような空間に入ってみると、くらくらするほど濃密な緑の匂いがした。 そもそも自然が好きだし(イメストしてると毎回出てくるのは自然の、特に山や森のイメ

    田舎は好きだが、それでも東京を選択する。 - ミームの死骸を待ちながら