8月14日(日)に放送された第32回は、慶長3年(1598)8月の羽柴(豊臣)秀吉の死去後から、翌4年正月までの動きが扱われていました。最後のナレーションで出てきた、正月21日への導入の話になっていました。 その正月21日、何があったかは次回のお楽しみにしていただきたいのですが、史実でいうと、家康以外の四大老・五奉行が、家康の違反行為に対して詰問使を派遣した日になります。正月初めに秀頼が羽柴家の家督を相続した後、政権の本拠は大坂城に移されて、家康以外の四大老・五奉行は大坂に移っていました。家康だけは、政権の京都での拠点である伏見に居住となっていました。 大坂では、家康の違反行為、具体的には諸大名との勝手な婚姻にあたりますが、これを詰問するということになりました。しかしドラマでは、大坂と伏見と動きを分けてしまうと作劇にならないということで、全員が伏見に居て、評定の場で家康を詰問する、という設
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