我が国のロシア・ウクライナ戦争をめぐる論壇は、たいへん不健全になっている。不都合なことであっても、それを市民に伝えるのが専門家や知識人に与えられた社会的責任である。にもかかわらず、それが十分に果たされていないのだ。 なぜそうなっているかと言えば、この戦争の言説を道徳論が支配しているからだろう。 「道徳主義の誤謬」が歪める戦争分析 ある事実が望ましくないからという理由で、その存在自体を否定してしまう非論理的思考は、「道徳主義の誤謬(ごびゅう)」と呼ばれている。今から30年以上も前に、こうした人間の価値判断が、いかに科学的探究を阻害するかに警鐘を鳴らしたのが、細菌生理学者のバーナード・デーヴィス氏であった。かれは科学誌の最高峰である『ネイチャー』に寄稿したエッセーで、その過ちを以下のように指摘している。 道徳的な理由によってある分野の探究を遮断すると、その分野での知識が固定されてしまうので、事