ポスト資本主義――科学・人間・社会の未来 (岩波新書) 作者: 広井良典出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2015/06/20メディア: 新書この商品を含むブログ (8件) を見る Kindle版もあります。 ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来 (岩波新書) 作者: 広井良典出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2015/09/17メディア: Kindle版この商品を含むブログ (1件) を見る 内容(「BOOK」データベースより) 富の偏在、環境・資源の限界など、なおいっそう深刻化する課題に、「成長」は解答たりうるか。近代科学とも通底する人間観・生命観にまで遡りつつ、人類史的なスケールで資本主義の歩みと現在を吟味。定常化時代に求められる新たな価値とともに、資本主義・社会主義・エコロジーが交差する先に現れる社会像を、鮮明に描く。 20世紀は、資本主義と社会主義の邂逅の時代でした。
「マイルドヤンキー」の生みの親である原田曜平さんがオタクの本を出したということで、岡田斗司夫ゼミに対談しに来てた。 その中の原田さんの話がそこそこ面白かったので軽く触れておく。 原田さんよろしく「『最近、秋葉原に行っても昔みたいな、電車オタクみたいなオタク減ったよね』という疑問が周囲から出るようになったのでかいた」とのことだそうだ。 内容の半分は「いや、これコミケの待機列を2・3年定点観測してたら、コミケに来るいかにもなオタクの割合が減ってることぐらい気づくだろ!こんなの本にして儲かるとか、博報堂なんて会社にいれば商売楽ですね。」と思うようなものです。 定点観測がめんどくさかったら昔のコミケ知ってる人に聞いたら「まぁ、そうっすよね」と誰もが口をそろえていいそうな話ですよ。 ただ、彼の分析のもう半分…つまり、ガチオタではなくエセオタについての分析はとてもためになった。(ZIPという朝の番組で
芸術理論や言語に基づいて作品が作られるのではなく、もともとそこに存在する、または生まれてしまったヤクいものに対して言語化していく作業が“芸術”なんじゃないかなあ、って思う。 “異質”で“理解不能”なものに名前と言葉と意味を与えて“理解可能”に収蔵していく行為。 たとえば、浮世絵なんかは当時の日本では消耗品、今の漫画とか(既に漫画はある程度の評価を得ているけれども)エロ本とか、そういうのと同じような庶民の低俗な娯楽だった。それが海外の“芸術”の文脈で再評価されて、芸術として認められるようになった。 アンディウォーホールは量産品であるキャンベルのスープの缶に“意味”を見出して、“芸術”に昇華させた。 芸術は科学 そして、理解して分解したものを、芸術の文脈に基づいて再構築することもまた、“芸術”だ。 なにか、すごいことが起こっている、自然であり、誰かが天啓を受けて作ってしまったものであったり、隔
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く