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エスワティニに関するskam666のブックマーク (3)

  • スワジランド、国名を「エスワティニ」に変更:朝日新聞デジタル

    アフリカ南部の王国スワジランドの国王ムスワティ3世は19日、自身の誕生日と独立50年を祝う式典で、国名を「エスワティニ」に変更すると発表した。現地語で「スワジの地」を意味する。AFP通信などが報じた。 スワジランドは1968年に英国から独立。世界でも数少ない絶対君主制で、国王が行政権や立法権を持つ。ムスワティ3世は父親の跡を継いで86年に即位。これまでも自国のことをエスワティニと呼ぶことがあったが、今回、正式に国名を変更した。 国内では英国領時代に付けられたスワジランドという国名への反感のほか、スイスの英語表記「Switzerland」と勘違いされるとの指摘もあった。 同国は失業率が約25%、成人のエイズウイルス感染率が30%近いなど、多くの問題を抱えている。一方、ムスワティ3世にはが15人ほどおり、生活苦が続く国民からは民主化を求める声があがっている。(ヨハネスブルク=石原孝)

    スワジランド、国名を「エスワティニ」に変更:朝日新聞デジタル
    skam666
    skam666 2018/04/21
    “国内では英国領時代に付けられたスワジランドという国名への反感のほか、スイスの英語表記「Switzerland」と勘違いされるとの指摘もあった”
  • ソブーザ2世 - Wikipedia

    ソブーザ2世(Sobhuza II, 1899年7月22日 - 1982年8月21日)は、スワジランド(現エスワティニ)の第7代国王。摂政時代も含めて80年以上も在位し、崩御するまで君主として世界最長記録(1982年当時)保持者であった。 政情不安なアフリカにあって、長期間にわたり政権を維持し続けた。 生涯[編集] 生い立ち[編集] 1899年に第6代国王ヌグワネ5世(英語版)の王太子として生まれる[1]。生後4か月で父王が崩御し12月10日に国王に即位するが、成人するまで祖母ラボツィベニ・ムドルリ(英語版)が摂政となり国務を代行した[2][3]。ゾンボズェの国立学校を卒業後、南アフリカ共和国東ケープ州のラブデール研究所で研究員として働いた[1]。 治世[編集] ソブーザ2世(1945年) 1921年12月22日にラボツィベニから国政の権限を委譲され、戴冠式を執り行う[3]。戴冠後間もなく

    ソブーザ2世 - Wikipedia
    skam666
    skam666 2017/03/30
    “70人の王妃を迎え、210人の王子・王女がいた。子供の内180人が幼児期を生き延び、97人が成人になったと報告されている。また、ソブーザ2世が死去した時点で、1,000人以上の孫がいた”
  • 王様の夢だった空港に飛んでくるのは閑古鳥

    盛装したムスワティ3世(右)。 いつまでわがままを続けられることやら…… Ann Hermes-The Christian Science Monitor/Getty Images 昔むかし、とある山に王様が住んでいました。王様は自分の国を素敵な場所にしたいと思いました。世界中から飛行機が飛んでくる夢の国にしたいと。 目指すは中東のドバイみたいな国際ハブ空港。でも、アフリカのちっぽけな国スワジランドには無理な話だ。「ここは人口わずか130万の誰も知らない小国で、世界の最貧国の1つですよ」と、一番賢い家来は王様を諭しました。「既に国際空港は1つあるのに、なぜまた?」 ......それでも国王ムスワティ3世は譲らなかった。総工費約3億㌦を投じて10年が過ぎ、シクフェ国際空港が完成した。構造上の欠陥を伝えられたが、おとぎ話のように解消できたらしい。国王と15人の使う「ロイヤル・ターミナル」もで

    skam666
    skam666 2014/01/29
    “シュールな国、スワジランドへようこそ。ここはアフリカ唯一の絶対君主国だ。ムスワティ3世は86年の即位以来、国民の苦難をよそに浪費する王様として悪名をはせてきた”
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