某作家さんが、ある出版社の若い編集者から次のようにはっぱをかけられたことがあるそうです。「―年一冊なんて悠長過ぎますよ。年四冊。それが最低限です。でないと読者に忘れられてしまいます」。つまり、作家たるもの、年四冊新刊を刊行しなければならない、という「一定水準」があるんですよ、と(表向きでは)言っているのです。 私なりにこの編集者氏の言葉の背景を自分の経験に照らし合わせて想像しながら、少しだけ注釈してみようと思います。ポイントは「読者に忘れられてしまう」というくだり。 そもそも、出版・書店業界でもっともやっかいなディスコミュニケーションと論争を生む言葉のひとつが、「読者」です。「読者」っていったい何? 誰のこと? 語り手によってさまざまな意味づけをされる「読者」という存在は、たいてい具体的な人相を持っていません。具体的な話をしなければならないときに「読者」という言葉が出てくる場合、その裏には