山田詠美の『風味絶佳』の表題作は、70歳でアメリカかぶれのハイカラな祖母を青年の視点から描いたものだが、時代は2004年に設定されている。ということはこの祖母は1934年生まれ、敗戦時は11歳、二十歳の頃は1954年である。この祖母が「キッス」と言うと青年が、「あの年齢なら接吻と言って欲しかった」と言う。この短編集の男の主人公はみな、大学へ行かなかった者たちで、その彼が「接吻」なんて言葉を知っているかどうかはともかく、1954年に青春時代を送った人が「接吻」なんて言うはずがない。キッス全盛の時代である。 私が、小野正嗣の三島賞受賞作で、やはり現代を舞台として、祖父が若い頃近衛連隊に入隊し、馬に乗って「東京(とうけい)へ登ってまいる!」などと言ったという叙述に、現代の青年の祖父なら昭和初年だろう、これじゃまるで明治初期だ、としつこくからむのは、こういう、祖父母の類型へのもたれかかりがあるから