その頃ぼくはサラリーマンで、四谷にある出版社に勤めていた。 ある日、ぼくが担当した本についての質問書が届いた。差出人は解放出版社というところで、差別をなくすための啓蒙活動を行なっている団体だった。 手紙の内容は、ぼくのつくった本のなかに差別表現があるというものだった。それはテレビ局の制作現場についての記事で、制作プロダクションのディレクターが、アシスタントディレクターの劣悪な労働環境を、「士農工商犬猫AD」というテレビ業界内の隠語を交えて紹介していた。 いまから20年ちかく前のことで、もう状況は変わっていると思うけれど、その当時は「士農工商」という江戸時代の身分制を比喩として使用することは、階級社会の最下層に追いやられたひとびとへの差別を類推させ、助長するものと考えられていた。それで、どのような意図でこのような表現を使ったのか、説明してほしいという文面だった。 ずいぶんむかしの話だし、その