「傲慢なる婚活」が掲載されている「小説新潮」を ぱらぱらとめくっていると 安岡章太郎の「文士の友情」なる本が 発売になることが知れた。 コピーとして かつて文士と呼ばれた男達がいた。 とある。 文士・・・・・いい響きだ。 今はもう死語のような言葉だが これは文筆家を意味する。 が、そこに込められたものは 単に文章を生業とする者ではない。 世間に迎合出来ず、筆をもって世界に反旗を振りかざす 知的だがデカダンスな浪漫主義者のことを 昔は、そう呼んだのだ。 かつて小説家なんてものは屑だった。 大抵が、金持ちのぼんぼんが ぐれた結果、小説や詩という訳の解らないものにすがったのだ。 誉められた存在では決してなかった。 酒に溺れ、女にだらしなく、薬に依存し、貧困に甘んじながら 荒廃した生活を送る駄目な者達が 瀬戸際のプライドを保つ為、 自らを文士と称した。 僕はその頃の作家の作品が未だに好きだ。 現代
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