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これはすごいに関するtoledのブックマーク (12)

  • 記憶消去セラピー

  • What I look forward to looking backwards at - (元)登校拒否系

    Roll a dice It's either one, two, three, four, five, or sixIt's either an even or an odd number Now make a predicationLet's say it's an even number What are the odds? One in two. 50% Now let's say it's gonna be an even number twice in a rowWhich means your odds are gonna be 25% What if it's gonna be three times in a row?That'll be a half of 25% Four times?A half of a half of 25% Now thinkNow just

    toled
    toled 2008/11/20
    retroactivity=「遡及性・事後性」
  • YouTube - 大阪・橋下知事、私学助成金削減めぐり高校生と意見交換会

    ようこそ YouTube へ! おすすめの言語 (この言語に自動設定されています): 日語 ページ最上部にある YouTube ロゴの横にあるリンクで、言語設定を変更できます。 [OK] をクリックすると、この設定が適用されます。また、[キャンセル] をクリックするとサイトが英語で表示されます。 Welcome to YouTube! Suggested Language (we have set your preference to this): Japanese To change your language preference, please use the links next to the YouTube logo at the top of the page. Click "OK" to accept this setting, or click "Cancel" to

    toled
    toled 2008/10/25
    私はこれをみて泣いた。希望の涙だ。(広告欄)この機会にどうぞ→ http://d.hatena.ne.jp/toled/20080407/p1
  • 登校拒否解放の(不)可能性 後編 - (元)登校拒否系

    再び前編の最後の言葉を引きます。 登校拒否は病気だ。登校拒否は暴力を生む。登校拒否はひきこもりにつながる。登校拒否は不自由だ。そして、そのようなものとしての登校拒否を肯定するのだ…。 しかしでは、病気などの社会的にマイナスとされている要素を含めて登校拒否を肯定するとは、いったいどういうことでしょうか? それはいかにして可能なのでしょうか? この問題について、今回は3映画における「怪物(モンスター)」の描かれ方を例に考えてみたいと思います。なお、途中で『美女と野獣』と『シュレック』の重要なネタバレが出てきます。あらかじめご了承ください。 1. 『ロードオブザリング』−差別の対象としての「モンスター」 『ロードオブザリング』には、ホビット、人間、エルフ、ドワーフ、魔法使いなどのさまざまな種族が登場します。彼らは、時には悪事を働くことはあっても基的には魅力的な人々として描かれます。一方で、

    登校拒否解放の(不)可能性 後編 - (元)登校拒否系
  • 登校拒否解放の(不)可能性 中編 - (元)登校拒否系

    前編の最後を僕はこう結びました。 登校拒否は病気だ。登校拒否は暴力を生む。登校拒否はひきこもりにつながる。登校拒否は不自由だ。そして、そのようなものとしての登校拒否を肯定するのだ…。 これに対して、toyoさんはこう書きました。 なぜこんな事をくどくど言うのかというと、僕は「登校拒否児」が差別される理由と「引きこもり」が差別される理由、また「登校拒否は病気じゃない」と言う事の意味が、ゲイの例ではなく僕のたとえ話の方の関係にあるんじゃないかと考えるからです。言い換えると「引きこもり」は「登校拒否児」のサブグループではなく、それ自身(重なり合う所は有るにせよ)別個の問題ではなかろうかと。 「登校拒否は社会に対する不適応だ」と言われるのに対して「登校拒否は高々学校に対する不適応だ。その事を責め立てると、またその事で就職などで差別をするのなら、当に社会に適応できなくなってしまう」と言うのはAの人

    登校拒否解放の(不)可能性 中編 - (元)登校拒否系
  • 登校拒否解放の(不)可能性 前編 - (元)登校拒否系

    近年、登校拒否解放運動*1は「バックラッシュ」(反動)に見舞われています。90年代は彼らの主張が一部マスコミに取り上げられ、「理解」が広がっていく時期であったとすれば、現在は不登校の「行き過ぎた肯定」が反省されつつある時期だと言えるでしょう。 そのような時代の転換を象徴するような論争が2001年から2002年にかけて『月刊子ども論』で行なわれました。論争の発端は、斎藤環さん、山下英三郎さん、藤井誠二さんによる、「当ですか!?『不登校の子は、ひきこもりもする』」と題する座談会です*2。この座談会のなかで、斎藤環さんは、東京シューレや一部の精神科医について、「イデオロギー的に『不登校』を持ち上げていきすぎた」と批判しています。斉藤さんは、「『不登校はすばらしい』とか、『不登校にならない感性の鈍い子たち』というような言い方はいきすぎがあったのではないか」と指摘します。そのような考えのために、

    登校拒否解放の(不)可能性 前編 - (元)登校拒否系
  • 反撃の「暴力」を肯定する - Spiders’ Nest :: フリーター全般労働組合

    〈一〉 先日、当ログで連日続いてきた釜ヶ崎暴動に言及した。すると次のようなコメントが寄せられた。 どんな理由や理想があっても、暴力に頼れば社会から「悪」と看做される。 それならばあえていう。我々は時に「悪」の烙印を引き受けなければならない。 それならばあえて問う。「暴力」とは何であるのか。 そもそも、警察による私刑の執行への反撃を「暴力」として審判することは、力のありようを「暴力」と「非暴力」とに、つまり二元のものとして切断することにほかならない。では、「暴力」から切り離された「非暴力」とはいったい何であるのか。単に、力を行使しないことが「非暴力」なのか。違う。「非暴力」もまた「暴力」同様、ある力の行使にほかならない。力とは「暴力」であり「非暴力」である。それは人が立つ位置によって変位するものである。西成署からすれば、暴動は即ち「暴力」であるだろう。しかし暴動主体にしてみれば、「暴力」も「

    反撃の「暴力」を肯定する - Spiders’ Nest :: フリーター全般労働組合
    toled
    toled 2008/06/21
    "人を踏みつけにしたまま知らぬふりをする「悪」を暴くことで、人間として生きようとする仲間たちは「敗北」を引き継ぎながらやがて決定的な地平に立つだろう"
  • 十代の頃の、ワタクシ様の愉快なお頭について。 - 無産大衆

    ちょっと、思うところあって昔々にぼんやりと考えていたことを言語化してみる。もちろん、現在の意識が多分に影響しているから、過去の意識をそのまま再現することはできないけれども、それでも言葉に出来なくとも絶対的な確信を持って――そう、あの頃は状況を全体的に理解することが少なかった分、信念や正当性に関する確信は絶対的で揺るぎなかったように思う――物事を把握していた当時を振り返ってみようと思う。 ほんとは、過去の自分の考えなんか問題じゃなくて、単にこないだのジジェクのと蜂起主義的アナキズムとかいうオモシロ覚書を突き合わせて、何か有意義なものを見出したいのだけれども、それ以前に自分の頭の整理をしないといけないので一回吐き出してみようかな、と。まあ、正直に言えば後者のテキストを読んでちょっと感動したので、オモシロ文章でも垂れ流すかなくらいの気持ちなんですが。 ま、それはおいとくとして、以下に書かれてい

    十代の頃の、ワタクシ様の愉快なお頭について。 - 無産大衆
    toled
    toled 2008/06/04
    "我々は革命を絶対的なものとして確信しているが故に、様々な迂路や中断、それに後退や敗北があったとしてもなお闘争に価値を認め、それを再開することに正当性を与え"
  • 人文系はてなインテリのための、コメント対応力養成ギブス3点セットーー自称「文化人類学者」小田亮さんを事例として - (元)登校拒否系

    人文系はてなインテリの皆さん、こんにちは。言うまでもなく、皆さんはサヨクですよね。当然、僕もそうです。 残念なニュースですが、「はてな」でアイドルになっても社会全体からすれば塵ののような存在に過ぎません。僕はこのブログで左翼のハートを鷲づかみにするようなエントリーを量産していますが、開設以来のあらゆるアクセスを合計しても20万です。 朝日新聞は、一日で800万部。 右傾化するマスコミに太刀打ちなんかできっこありません。 けれども、そのささやかな人文系はてなインテリがキラリと輝く瞬間があります。2ちゃんねらーとシンクロした時です。その瞬間に、あなたのブロガーとしての真価が試されます。 現在そのチャンスをゲットしているのが、文化人類学者を自称するid:oda-makotoさんです。いかにもインテリなタイトルのエントリーが、良い具合に炎上しています。 正義と倫理のあいだについて (小田亮さん)

    人文系はてなインテリのための、コメント対応力養成ギブス3点セットーー自称「文化人類学者」小田亮さんを事例として - (元)登校拒否系
  • 「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット 後編 - (元)登校拒否系

    シリーズ:自由と強制と(無)責任の政治学 | 23:26 | (前編からの続きです。) サルトルは、アルジェリア革命の闘士フランツ・ファノンによる『地に呪われたる者』への序文で、フランス国人の植民地支配に対する責任について語っている。当時のアルジェリアは、フランスの植民地だった。アルジェリアでの、「コロン」と呼ばれるヨーロッパ人入植者の暴虐非道ぶりは、フランス国でも既に知られていた。サルトルは、フランス人読者に告げた。 ……「だが、おれたちは<国>[=フランス]にいるんだ、[アルジェリアでの]行き過ぎを非難しているんだ」。そのとおりだ。君たちはコロンではない。だが似たり寄ったりだ。彼らは君の先駆者[パイオニア]なのだ。君たちはコロンを海外に送り出し、コロンは君たちを金持にした。もっとも君たちは彼らに予め警告していた。「あんまり血を流すと、お前らを否認せざるをえなくなるぞ」。これと同様

  • (元)登校拒否系 - 「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット 前編

    『メメント』のあるシーンにおいて、主人公のレナード(ガイ・ピアーズ)は、自らの記憶障害についてモーテルのフロント係に説明する。 レナード:私には障害(コンディション)があるんだ。 フロント係:障害? レナード:記憶がないんだよ。 フロント係:記憶喪失か? レナード:いや、違う。短期記憶がないんだ。自分が誰なのかということはわかっているし、自分のことなら何でも知っている。だがケガを負って以来、新たには何も記憶することができないんだ。何もかもが消え果ててしまう。長く話しすぎると、話がどう始まったのか忘れてしまう。私たち[=ピアーズとフロント係]が前に会ったことがあるかどうかもわからないし、次に会ってもこの会話は覚えていないだろう。だから私がヘンに見えたり無礼だったりしたら、それはたぶん……。 [レナードはフロント係が珍虫を見るように彼を凝視していることに気づく。] レナード:前にも君にこの話を

    (元)登校拒否系 - 「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット 前編
    toled
    toled 2007/11/13
    の皆さんどうかよろしくお願いしま~す。
  • コルイマの陣営

    鹿島拾市 ナチスの弾圧を逃れて、多くのドイツ人共産主義者がソ連に亡命した。だが当初は英雄として迎えられた彼らは、その数年後には「社会的危険分子」として、あるいはこともあろうに「ファシストのスパイ」として、強制収容所に送られていったのである。 一九三九年八月、独ソ不可侵条約が電撃的に結ばれ、スターリンと独外相リッペントロープがモスクワで固い握手を交わす。ロシア図書館からは反ファシズムのが姿を消し、かわりにナチスドイツの出版物が並べられるようになった。 マルガレーテ・ノイマンは、カザフ共和国のカラガンダ収容所に入れられていたが、この時モスクワの監獄に呼び戻され、GPU将校の礼儀正しい面接を受けた。将校は尋ねる。「外国にご親戚はいますか」。ノイマンは、パリに姉がいること、フランスのビザを持っていることなどを勢い込んで訴えたが、将校はこれをさえぎって言った。「いや、そうじゃないんです。ドイツ

    toled
    toled 2006/10/27
    必読→"「選択」を迫る権力に対して、選択しえない「現実」を対置することで拒否しているのである。"
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