私の一冊は、ジェームズ・ディーン主演の映画でも有名な、ジョン・スタインベックの『エデンの東』(土屋政雄訳、早川書房)です。舞台はアメリカ西部、旧約聖書のカインとアベルの物語を下敷きに、2つの家族の数世代を描いた叙事詩です。小説として読み応えがあり、土屋政雄さんによる名訳も楽しめるという、ただでさえおすすめの一冊なのですが、敢えてJTFジャーナルのコラムでご紹介したいと思ったのは、この作品には主要な登場人物たちが翻訳について深く語り合うシーンがあるからです。 作中で議論の的となっているのは、旧約聖書の創世記第4章7節に出てくる「ティムシェル」(ヘブライ語の「timshel」)という言葉。神がカインに向かって罪との向き合い方について語る場面の言葉です。 『エデンの東』ではこう議論されています。この「ティムシェル」という言葉は、欽定訳では「汝は彼を(罪を)治めん」と「約束」の意味合いで訳されてい