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ブックマーク / www.yamdas.org (9)

  • On Loving C.. 日本語訳

    以下の文章は、Michael Feathers による On Loving C.. の日語訳である。 文中の固有名詞などについて理解の助けとなるよう Wikipedia へのリンクを加えさせてもらった。 認めなければならないことがある。私は C を愛している。しばらくはそれを意識していても、忘れがちだ。Ruby、Haskell、OCaml、C++Java、そして C# に心移りしたこともある――今も多くの言語に時間を割いているが、C の元に戻ってくると、私は故郷に帰ったような気持ちになる。 私は何十年も前に Kernighan と Ritchie のをパラパラとめくったときのことを覚えている。C にはとても欲求不満を感じた記憶もあるが、とても満足を与えてくれたことも覚えている。C にはヘンなところがあるが、振り返ってみると、それは多くの他の言語のヘンさに比べれば不可解なところはずっと

  • Microsoft is Dead: The Cliffs Notes 日本語訳

    以下の文章は、Paul Graham による Microsoft is Dead: The Cliffs Notes の日語訳である。 私は「マイクロソフトは死んだ」と書いたが、それは文字通りの意味ではなかった。そんなことを言えるはずもない。会社は生き物ではないのだから、死ぬこともできないわけで。 実際には、「マイクロソフトは死んだ」というのは、この業界にいる我々がメタファーと呼ぶものである。私が言いたかったのは別のことだ。この数日、私の言いたかったことについていくらか誤解が見られた。このエッセイに憤慨した人の中には、私がかなり馬鹿げたことを考えていると独り合点する人もいた。つまり、マイクロソフトは今にも倒産しようとしている、と。彼らはこれを実にもっとらしく論破してみせた。 だから、私は自分の意図を正確に説明したほうがよいのかもしれない。私が言いたかったのは、マイクロソフトが突然お金を稼

    tsupo
    tsupo 2007/04/13
    「マイクロソフトは死んだ:解説」 // 実は私にもいかがわしい動機はあって、それはその言いだしっぺになりたかったということだ
  • Microsoft is Dead 日本語訳

    以下の文章は、Paul Graham による Microsoft is Dead の日語訳である。 翻訳文書については、Shiro Kawai さんから誤訳の指摘を頂きました。ありがとうございました。 数日前、私は突然マイクロソフトが死んだのを実感した。私は若いスタートアップの創業者に、GoogleYahoo とどう違うのかということについて話をしていた。私は、Yahoo がマイクロソフトを恐れたためにスタート地点から逸れてしまったと言った。それこそが、Yahoo が自分たちのことをテクノロジー企業でなく「メディア企業」だと位置づけた理由である。そしてその創業者の顔を見て、彼が私の話が分かっていないのに気づいた。まるで80年代半ばに女の子達がどれだけバリー・マニロウを好きだったか話したようだった。バリーって誰よ? みたいな。 マイクロソフトだって? 彼は何も言わなかったが、誰もマ

    Microsoft is Dead 日本語訳
    tsupo
    tsupo 2007/04/09
    原文は Twitter で Scobleizer の人が盛んにコメントしてたので気になってた(けど読んでなかった)。こういう文章だったんですね。
  • yomoyomoの読書記録 - ブルース・シュナイアー『セキュリティはなぜやぶられたのか』(日経BP社)

    ブルース・シュナイアー『セキュリティはなぜやぶられたのか』(日経BP社) 日経BP社の編集者より献いただいたのだが、無礼にもまず最初に編集者に対する苦言から始めることで、恩を仇で返させてもらう。 書の原題は『Beyond Fear: Thinking Sensibly about Security in an Uncertain World』である。それがどうして『セキュリティはなぜやぶられたのか』になるのか。 ブルース・シュナイアーのでは、『暗号の秘密とウソ』のときも拙い邦題をつけたものだと思ったっけ。『暗号技術大全』において暗号技術に関する決定版といえる大著をものにした、現在ではブロガーとしても著名なコンピュータセキュリティー分野の第一人者であるシュナイアーが、暗号技術だけではセキュリティを網羅できないという認識のもとに、コンピュータネットワークのセキュリティ全般に対象を広げたの

    tsupo
    tsupo 2007/04/02
    コンピュータセキュリティ分野で開発された方法を一般社会のセキュリティまで広げた本 / 「ほんの少しの安心と引き換えにいちばん大切な自由を手放す人は、自由も安全も享受する資格がない」
  • Bloggers On Blogging: Bruce Schneier 日本語訳

    Bloggers On Blogging: ブルース・シュナイアー 著者: Rebecca Blood 日語訳: yomoyomo 以下の文章は、Rebecca Blood による Bloggers On Blogging: Bruce Schneier の日語訳であり、著者の許可を得て公開するものである。 Bruce Schneier は非常に人気のあるブログである Schneier on Security を2004年10月に始めた。彼は BT Counterpane の CTO であり、八冊のの著書である。彼の著書にはベストセラーになった『セキュリティはなぜやぶられたのか』、『暗号の機密とウソ』、『暗号技術大全』、そして『Practical Cryptography』がある。 44歳の Bruce は、ロチェスター大学で物理学の学士号、アメリカン大学でコンピュータサイエンスの修

    tsupo
    tsupo 2007/02/13
    何年もかけて学んだのは、どのエントリが多くのコメントを生み、どのエントリがそうでないかは予測できないということ / ブロギングというのは、ハイパーテキスト的に思考すること / 投稿予約
  • CC & Web 2.0 日本語訳

    以下の文章は、Lawrence Lessig による CC & Web 2.0 の日語訳である。 文章は、「クリエイティブ・コモンズの価値」の続きである。また C-Shirt のコンセプトについては、鈴木健氏の「Cシャツ、その可能性の中心」が特に参考になる。 クリエイティブ・コモンズは Web 2.0 のツールである:法的、並びに技術的の両方の意味で、ウェブユーザが望むように創造性を生み出し、共有することを可能にするプロトコルなのだ。 さもないと、少なくともクリエイティブ・コモンズはハイプということになる。実際にはどのような成果をあげているのだろうか? CC は実際その集合に何を加えているのだろう? 私がつい2ヶ月前にデモを見た日発の例を紹介しよう。CC-JP のメンバーが、それぞれデザインが微妙に異なる美しいTシャツを着てカンファレンスの会場を歩き回っていたのだ。どのシャツも一番下

    tsupo
    tsupo 2006/11/08
    Web 2.0 の原則をコンテンツ層に拡張する可能性を示しているからこそ C-shirt は重要なのだ
  • Open Source Licenses are Obsolete 日本語訳

    以下の文章は、Tim O'Reilly による Open Source Licenses are Obsolete の日語訳である。 翻訳文書については、やしろさんから誤訳の訂正を頂きました。ありがとうございました。 先週の OSCON で、私は「オープンソースのライセンスは時代遅れだ」という論議を呼びそうな意見を述べた。質疑応答の時間、Red Hat、Open Source Initiative の Michael Tiemann が、オープンソースのライセンスがどれだけの価値を生み出してきたかだけを挙げて、僕の意見に異議を唱えた。彼が私の主張を当に理解していなかったのか、それとも彼が自分の主張を通すためにわざと誤読していたのかは分からない。しかし、少なくともオープンソースの活動家コミュニティが、多くのソフトウェアが今日運用される形の変化に真剣に向かい合う必要があるのは明らかである

    tsupo
    tsupo 2006/08/21
    「あちら側」で動作するプログラムのライセンスについて
  • How to Write Maintainable Code 日本語訳

    以下の文章は、Bram Cohen による How to Write Maintainable Code の日語訳である。 翻訳文書については、福盛秀雄さんと竹中明夫さんから誤訳の訂正を頂きました。ありがとうございました。 ソフトウェア技術者は、自分が書くコードがどのようにあるべきか分からず悩んでいる。よく知られたエッセイ「悪い方がよい」(訳注:日語訳)がその良い例である――どうして悪いほうがより良くなれるの? やっぱり悪いほうが悪いんじゃないの? さらにややこしいことに、「悪い方がよい」の話は、それが主張しようとしている内容とは正反対の議論の中で引き合いに出されることが多い。 問題は、みんながコードの「美しさ」を判断するのに非常に多様な、また往々にして相反する基準を採用していることだ。美的感覚よりも客観的な、コード品質に対する基準が明らかに必要である。 僕としては、メンテナンス性に

    tsupo
    tsupo 2005/06/09
    一部同意できないところもあるけど、概ね賛成。
  • Making A Better CMS 日本語訳

    以下の文章は、Jeffrey Veen による Making A Better CMS の日語訳である。 最近 OpenSourceCMS.com――数十もの CMS がインストールしてあって遊べるファンタスティックなサイト――で少し調査を行ったのだが、かなりがっかりさせられた。僕が体験したのは、ユーザビリティやユーザ体験がないがしろにされて余計な機能が詰め込まれた分かりにくく手間のかかるソフトウェアだった。ギークによる、ギークのために書かれたソフトウェアだったんだ。 その体験により、僕の自説への確信が強まった。つまり、ほとんどのオープンソースのコンテンツ管理ソフトウェアは使えない。これより悪いものがあるとすれば、僕がこれまで使ったことのある商用 CMS すべてということになる。だけど、だからといってそれを好きになる義理はない。 このカテゴリのソフトウェア全体が、執筆者、編集者、デザイナ

    tsupo
    tsupo 2005/06/02
    このカテゴリのソフトウェア全体が、執筆者、編集者、デザイナー、そしてサイト所有者のことを考慮して徹底
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