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2005年3月31日限りで運行を終えた、岐阜市内線や揖斐線など岐阜市周辺の名鉄各線。廃線から今春で19年となりました。かつて線路のあったところはどうなっているのでしょうか。岐阜駅前から黒野にかけての廃線跡を歩いて訪ねます。 忠節駅に到着する黒野駅行きの普通電車=2005年3月 廃線から19年経ち、跡地が再利用されているところもあります。年を追うごとに痕跡は消えていきます。自分も当時を知っていますが、記憶があやふやになってきました。 線路跡の近くを通りかかる機会も多いのですが、車で一瞬のうちに通り過ぎるのがほとんど。また、車で廃線跡の痕跡を探そうとすると、駐車する場所も探すことになります。ならば、歩いた方が小回りは効くだろうと考えました。数回にわたって紹介します。 廃線直前の忠節駅の駅舎=2005年3月 改めて、岐阜市内線と揖斐線について振り返ります。 岐阜市内線は、最終的には岐阜駅前駅と忠
岐阜市は24日から5日間、名鉄岐阜駅前の長良橋通りで、一般車両の乗り入れを制限し、公共交通機関のみを運行させる「トランジットモール」の社会実験を実施する、と発表した。市内で同様の社会実験は4回目。一帯は駅やバスターミナルのある交通の要で、公共交通機関や周辺道路に及ぼす影響を調査し、今後の道路空間の利活用に生かす。 実験の対象は名鉄岐阜駅前交差点から神田町10交差点にかけた約200メートル区間。全車線で一般車両の進入を禁止し、バスとタクシー、自動運転バスのみが通行できる。時間は路線バスが運行する午前5時30分から午後11時30分まで。以前は車線の一部を歩道化しイベントなどを開いていたが、今回は催さない。 市によると、200メートル区間内には路線バスの乗降場が6カ所設けられており、1日に1700本が運行し9千人が利用している。名鉄岐阜バスターミナルは400本、2400人。名鉄岐阜駅やJR岐阜駅
東日本大震災から10年。震災直後、帰宅困難者対策が課題として浮かび上がった。県内から名古屋市へは約4万7千人以上が通勤・通学している。震災で公共交通機関がストップしたらどうなるのか。記者が名古屋市から岐阜市まで実際に歩いてみた。12時間歩いて分かったのは「無謀」だということ。体力の問題だけでなく、災害時の徒歩帰宅には多くのリスクがあった。(初掲載は2021年3月11日) 約1週間前 インターネットで検索すると、JR名古屋駅から岐阜新聞社本社(岐阜市今小町)まで最短距離で徒歩で32キロ、6時間48分と出た。「マラソンと比べれば歩けない距離ではない」。そう考え、本社デジタル報道部の40代と30代の男性記者2人が挑戦することにした。 当日 岐阜市に向かって歩き出す記者2人=名古屋市中村区、JR名古屋駅前 快晴だが、ビル風に吹かれて寒い。気温6度。40代記者は「災害に備えていない」との設定で、いつ
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