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ブックマーク / jun-jun1965.hatenablog.com (20)

  • 「能は死ぬほど退屈だ」 - jun-jun1965の日記

    (活字化のため削除) - http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100730-00000134-san-soci 杉秀太郎ってのはつくづく謎の人で、何ほどの業績があるのかよく分からないのに藝術院会員だし、このインタビューも、漱石と植物を誰もやってないってそれは塚谷裕一が怒るぞ。あと「筆で立つと決めて」ってあんたずっと大学と研究所の教授だったでしょうに。それを「筆で立つ」というのかいな。

    「能は死ぬほど退屈だ」 - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2010/07/31
    >能を観に来る人というのは、大抵が、自分も能の、謡とか仕舞とかを稽古している人たちであることは、能について少しでも知っている人には常識であり、それでは独立した藝能としておかしい
  • 大河ドラマに革命が起きた - jun-jun1965の日記

    うーんまた坂龍馬かよと思っていたら驚いた。『坂の上の雲』もそうだったが、NHKに何が起きたのか。この20年「江戸ブーム」で、それ以前の、厳しい身分制社会、貧農史観は過剰に見直されてしまって、インテリでさえ「お江戸でござる」的にみんな明るく楽しく生きていたみたいな江戸幻想を抱いている人がおり、大河ドラマもその例に漏れず、お姫さまが下級武士デートしたり、家臣のが信長の前へしゃしゃり出たりとえらいことになっていたが、ガラリ変わって、下級武士の貧しく汚い生活をきちんと再現しているではないか。これだこれだ、これが当の徳川時代だ、俺が言いたかったのはこれなんだ、これで「江戸幻想」も吹き飛ぶぜと随喜したぜよ。 上士が下士を切り捨て御免でお咎めなしなんて、ありえないと思うが、シナリオは手だれだ。あるいは、たいてい大河ドラマに出てくる女はみなきれいきれいなお化粧をしていたのが、あの寺島しのぶの砥粉で

    大河ドラマに革命が起きた - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2010/01/11
    どんなに「醜く」描かれたところで、しょせんエンターテイメントの文脈である限り、それが「美しい過去」として「汗と涙」で消費されるだけだろうに。どう転んでも下流向けのナショナリズム番組
  • インテリの大河ドラマ嫌い - jun-jun1965の日記

    『大河ドラマ入門』の寄贈者リストを作っていて、いつもはを送っている人をばさばさ削ることになった。つまり興味がないだろうということで、要するにインテリは大河ドラマを観ないのであり、私は大学院へ入ってから、大河ドラマが好きだという学者に会った記憶がない。観ている人自体、記憶にない。司馬遼太郎の解説など書いている芳賀徹、平川祐弘といった人たちの口からも、聞いた覚えがない。だから大河ドラマの話をする相手は、母か弟くらいだった。田中貴子は最初に書いた古典入門『日古典への招待』で、ドラマ化のキャスティングを考える、などと書いていたが、大河ドラマを観ている様子がない。 それに対して、大河ドラマの視聴率は極めて高い。私はいわゆる「時代劇」は嫌いなのだが、大河ドラマは歴史ドラマだから観る。もちろん中にはひどいのもあるが、いい時もある。あるいは私は野球やボクシングに興味がないが、インテリでもこういうのを観

    インテリの大河ドラマ嫌い - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2010/01/07
    あんな安易なナショナリズム高揚番組をアナキストが見るはずもない、ね!
  • ■ - jun-jun1965の日記

    各新聞、村上春樹擁護派の連中が大活躍で書評しているが、小野正嗣の能天気なまでの礼賛ぶりには驚いた。それなら君ももう少し読まれる小説を書いたらどうかねと言いたくなるが、まあどうでもいい。 「週刊朝日」でいつの間にか連載が始まっていた東浩紀が、新作はおなじみの世界と言いつつ、内田ジュのごとくに村上春樹は正当に評価されていない、と言い、しかし売れるものだから無視するしかなかったと、またいい加減なことを書いている。村上春樹を批判しようとしても、マスコミが載せてくれない。とはいえ私は徹底批判しているのであって、そういう虚偽を垂れ流すのはやめてもらいたいものである。まあ、ポストモダンというのは、嘘をついてもいい思想らしいがね。 http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20090617/1245167190 なんか東が答えている。もっとも私の名前は出さないという河野多恵子的姑息さを伴っ

    ■ - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2009/06/17
    天皇制廃止の主張には、「天皇の戦争責任」は利用できるどころか相容れないものであることの指摘。/↑「楽しくなくても生きられる」のは大切です
  • 国民の権利 - jun-jun1965の日記

    国会図書館が、著作権が生きている著作のコピーを半分までしか許さないのはよく知られている。しかし、よほどのバカでない限り、国会図書館で全部複写しようとするのは、普通では手に入らない著作物なので、全部複写しても著作権者に損害は与えない。もし現在流通しているを全部複写したら、国会図書館の料金では、買うより高くつく。また地域図書館を通じて借り出せば複写できる。だから原理的にも現実的にも無意味な規定である。著作権法を改正すべきである。 さて、以前私は、国会図書館で、あるパンフレットの後半部を複写しようとした。館員は、「これは前に前半を複写しましたか」と訊いてきた。私は、「その質問に答える義務があると法令に定めてありますか」と問うた。館員は、ないです、と答えた。 国会図書館員は国家公務員であるから、憲法に従う義務があり、国民は国家公務員から、法令に定められていない質問を受けても答えない権利がある。宮

    国民の権利 - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2009/01/28
    >国民は国家公務員から、法令に定められていない質問を受けても答えない権利がある  相手が警察だったらどう言い換えされるのだろうか?
  • それは訳せません - jun-jun1965の日記

    私が『反=文藝評論』に載せ、『村上春樹スタディーズ05』にも再録された村上春樹批判の評論中に、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる「太った美人の少女」の、やたらと主人公にセックスを迫る描写の引用がある。果して英語版でもここはそのまま訳してあるのか、と今日駒場の図書館でアルフレッド・バーンバウムの英訳を見てきた。「31」で女が、「ねえ、精液を呑んでほしくない?」と言うところは訳してあったが、その後、もう一度女が「精液呑んでほしくない?」と言い、「あたしじゃあ興奮しない?」かなんか言って、主人公が、興奮している、勃起しているから、と言って見せる部分は、カットされていた。そりゃあ、そうだろう。こんなところまで訳したら、村上春樹はポルノ作家だと思われるよ。思わない日の読者が、あまりに変。 川端康成の『雪国』に「この人指し指がいちばんよく君を覚えていたよ」というエロティックなせ

    それは訳せません - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2009/01/27
    id:Britty  村上春樹は女性向けのカジュアルポルノ作家なのだという理解が一般的です。恥ずかしくなく買えるエロ本、それがハルキ。
  • 褒めてやれ褒めてやれ - jun-jun1965の日記

    「盛綱陣屋」の台詞である。以下のニュース 結婚詐欺、70歳女に実刑=42歳独身と偽る−宇都宮地裁支部 42歳独身と偽って48歳の男性と結納をかわし金をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた茨城県桜川市の農業深谷ハツエ被告(70)の判決公判が29日、宇都宮地裁真岡支部であり、飯塚圭一裁判官は懲役3年10月(求刑懲役5年)を言い渡した。 飯塚裁判官は「結納金で嫁入り道具を購入し、同居後は農業や家事を手伝うなど農家の嫁として振る舞うなど計画的で大胆かつ巧妙な犯行」と指摘。「長く良縁に恵まれなかった被害者が厳罰を望むのも当然」とした。 70歳なのに42歳と偽れたというのが凄い。しかも農業や家事を手伝って年齢がばれないという、もう厳罰というより、褒めてやれと言いたいほどである。というか、巧妙って、どう巧妙なのか。それとも男がバカだったのだろうか。 「大正生まれのAV女優」どころではない。これは是非週刊

    褒めてやれ褒めてやれ - jun-jun1965の日記
  • 誰にでも小説は書ける? - jun-jun1965の日記

    (活字化のため削除) 吉隆明はどうやって生計を立てていたのだろうと思ったら、44歳の時に著作集が出ていた。すごい。今なら福田和也だって著作集なんか出せないだろう。しかし、高橋英夫とか大笹吉雄とかも、どうやって生計を立てていたのか、と思う。 小田島先生は東大に勤めていても、官舎の四畳半に一家四人で住んでいたという。1960年代のことだ。今の人なら耐えられないだろう。その辺が、誰も餓死するわけでもないのに格差社会とか大騒ぎする連中がいる理由なのだろう。 (はっきり言わないと分からない奴がいるようなので書いておくと、経済政策論ならどうぞやってもらって構わんが、雨宮処凛のような感情論だけの馬鹿をあちこちで起用する愚を私は言っているのだ。澤地久枝が正しく指摘していたが、小林多喜二は泣いてほしくて蟹工船を書いたのではない。革命を起こすために書いたのだ) (小谷野敦)

    誰にでも小説は書ける? - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2008/08/22
    >誰も餓死するわけでもないのに格差社会とか大騒ぎする連中  あんたが餓死してないだけで餓死する人間はいるんだよ。
  • マスコミよ - jun-jun1965の日記

    『週刊朝日』の見出しはひどいなあ。「若者に気をつけろ」だって。実は私にも取材申し込みがあったのだが、通り魔無差別殺傷事件のようなものは五年、十年に一度くらい、社会的に不遇な者によって起こされているもので、当人の「彼女ができない」といった言に過剰に意味づけするのは間違いである、マスコミはこういう事件に意味づけしすぎる、と電話で言ったが、どうやら採用されなかったようだ。この手の事件に若者も中年もないのである。調子に乗るのもいい加減にしてほしいものだ。 読売新聞からも同様の取材申し入れがあったので、私はこういう意見だがそれでもよいか、と問うたら、それならほかを当たる、と言ってきた。 ハイエナのようなマスコミよ、どうしても「意味づけ」をしたいのか。内藤朝雄はこういう時こそ激しく怒るべきである。(既に意見表明はしているが)渡部伸などは相変わらずマスコミの思惑どおりのコメントをしてその商売人ぶりを明ら

    マスコミよ - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2008/06/19
    >私はこういう意見だがそれでもよいか、と問うたら、それならほかを当たる、と言ってきた。
  • 枡野さんに代わって - jun-jun1965の日記

    枡野浩一さんが送ってくれた『淋しいのはお前だけじゃな』の文庫版を、台所のテーブルの上に置いておいたら、がカヴァーを外して中味だけ持って外出してしまった。そこで枡野さんに代わって一首。 人に裸にされて拉致されて少し嬉しい春の大雨 - 今日は映画「夕凪の街桜の国」を観て、ミクシィのレビューに書いておいたのだが、「現代日の精神的頽廃を示す一例である。 原爆を扱えば、ある程度の評価が得られるという精神的頽廃である。政治的なものでありながら、右翼も左翼も文句を言わない。登場人物はみないい人。こうして原爆を扱った小説映画が繰り返し産出されるのだ。 若い人には、日の核被害は広島と長崎だけではないことを知るために、新藤兼人の「第五福竜丸」を是非観て欲しいと思う。」 私が不快なのは、原爆を扱えばよしという文化的頽廃と緊張感の欠如である。

    枡野さんに代わって - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2008/04/11
    私が不快なのは、ユダヤ人迫害を扱えばよしという文化的頽廃と緊張感の欠如である。
  • 序二段百八枚目・大魔王 - jun-jun1965の日記

    千秋楽だが、序二段百八枚目・大魔王(芝田山部屋)は四勝三敗の勝ち越しである。大乃国〜、しこ名まじめにつけろよ〜。内館さんから「しこ名が乱れきっている」って言われてるだろ〜。それと阿武松親方〜、「阿夢露(あむうる)」ってしこ名、何とかしろよ〜。田舎のスナックだよこれじゃ。

    序二段百八枚目・大魔王 - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2008/02/08
    むしろ、もっとそっちへ行った方がいいのかもな。それとも、時津風みたいな人間しかいないのか?
  • 猫を償うに猫をもってせよ - 初心者のための相撲入門

    時津風騒動で、時津海が引退して時津風を継いだが、北の湖理事長が「時津海」と口を滑らせたのは、そのせいだったんだな。 ところで、なんで名門と言われる時津風部屋を、三十三歳の力士が継ぐんだ、とか疑問に思っている人も多いようなので、一から説明する。実は某社から「相撲入門」執筆のお誘いを受けたのだが、相撲なんて、テレビでちらちら観ているうちに興味を持てばおいおい分かってくるものだし、を買って入門(自分が力士になるんじゃなくて)する人もいないだろうから売れないだろうと言って断った。 ここで「相撲」と言っているのは「大相撲」と俗称される、日相撲協会が取り仕切るプロ相撲のことで、ほかにはアマチュア相撲(実業団)、大学相撲がある。その辺は野球と同じだ。プロ相撲の特徴は、まず「部屋」に入門しなければならないということで、昔はだいたい中学を出て入門していたから、力士も行司も、十五歳での入門が多かった。今で

    猫を償うに猫をもってせよ - 初心者のための相撲入門
    umeten
    umeten 2007/10/14
    >力士時代の人格が悪いと、あとあと響くといういい例が九重親方の千代の富士で、31回優勝した大横綱でありながら、現役時代に八百長をやりまくるなど、人柄が悪かったので、理事はおろか監事にすらなれない。
  • ■ - jun-jun1965の日記

    「週刊金曜日」のホームページに、先日の『AERA』の佐藤優に関する記事について、佐藤が、記者の大鹿氏に対する公開質問状を載せている。中には、私のコメントに関するものもある。しかし質問の相手は大鹿氏である。 http://www.kinyobi.co.jp/MiscPages/open_letter070511/open_letter070511-2 私のコメントに関するものは21から27まである。しかし、「キム・イルソン状態」とか「みのもんた」とかいうのはレトリックであるから、最後の三点について、私から佐藤に答え、かつ質問したい。 「質問25.『神皇正統記』について 『神皇正統記』における正統性の論理構成は、皇統の伝統とともに真正の三種の神器の保持していることが天皇の条件です。従って、北朝系でも真正の三種の神器を保持している室町以降、今日に至る皇統は真正の天皇です。『神皇正統記』は南朝、北

    ■ - jun-jun1965の日記
  • 「想像力」の濫用など - jun-jun1965の日記

    とにかくふた言目には「想像力が足りない」と言う輩が跡を絶たない。以前ある女に、東大生が世界の地理や歴史を知らない、と言ったら「想像力が足りないんですよ」と言う。「いや、想像力じゃなくて、知識でしょう」と言っても「想像力です」と言ってきかない。いったい、事実についてどう想像力で知り得るというのか。 - 今日、さる国立の近代美術館(「さる」と言う意味がないね)の図書室で、探していたものを見つけた。それはいいのだが、もう三月だというのにやたら暖房が暑い。私はシャツ一枚になってしまった。しかも閲覧室、誰もいないのに、八基くらいある蛍光灯が全部点灯している。京都議定書なんのその、税金の無駄遣いなんのそのである。 - http://d.hatena.ne.jp/rengejibu/20070318 「あなたのように魅力的な男性がなぜ結婚していないのですか」。お世辞でもいいから言われてみたい。だが女はそ

    「想像力」の濫用など - jun-jun1965の日記
  • 夫婦別れ - jun-jun1965の日記

    以前住んでいたマンションで、ある室の人についてある人が「夫婦別れしたらしいんですよ」と言ったことがある。「離婚」と違って、ある物哀しさが漂う言葉だと思った。 「物理学者としての声価は高かったが、虚偽で非人間的な大学の組織に、寅彦の繊細な神経は傷つき、師夏目漱石の死や、相次ぐ家庭の不幸に見舞われて、暗な四十代を「空漠な広野の果てを見るやう」な心境で迎えていたのである」(山田一郎『寺田寅彦覚書』岩波書店)。このは最近復刊されたが、名著である。芸術選奨新人賞受賞も納得がいく。寅彦、別役実、安岡章太郎の親戚関係も、こので分かる。 『新潮日文学アルバム 吉田健一』(1995)の解説を、柳瀬尚紀が書いている。柳瀬は、有名な女性作家の文章というのをまず引く。「この数年、知的でエスタブリッシュメントな読者を対象としている(つもりの)女性雑誌が、こぞって」「目の高さ」「真の藝術」と断片的な引用で、柳

    夫婦別れ - jun-jun1965の日記
  • 女が・・・とき - jun-jun1965の日記

    前にミクシィの日記で書いたんだが、 1972 女が外に出るとき 犬養道子 中央公論社 1974 女がそとで働くとき 来栖琴子 水曜社 1975 女がはばたくとき 桐島洋子 PHP研究所 1979 女が職場を去る日 沖藤典子 新潮社 女が自分と向きあうとき 吉武輝子 海竜社 1979.11 女が自分を見つめるとき 久保克児 PHP研究所 1979.7 女が別れを告げるとき 落合恵子 講談社 1979.3 1982 女が会社へ行きたくない朝 沖藤典子 主婦と生活社 女が辞表を書く日 (New life books) 朝比奈紀子 東京白川書院 1982.9 女が経理を盗む時―新・知的悪女のすすめ 神崎寿子 山手書房 1982.9 女が仕事に生きるとき 高橋瑞恵 同友館 1982.8 女が美的に見えるとき 楠憲吉 主婦と生活社 1982.7 1984 女が職場で悩むとき 沖藤典子 主婦と生活社

    女が・・・とき - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2007/02/20
    「無印」の普遍的位置を男が占めているのだから「女」が明記されるのだ、というような反論がすぐにでも予測できるわけですが、まあネタだしなこれは。
  • 「バルバラ異界」とオカルト - jun-jun1965の日記

    SF大賞を受賞した萩尾望都の「バルバラ異界」四巻を読み終えた。「フラワーズ」連載だが、私は15年以上「プチフラワー」を毎回読んでいて、これがなくなって「フラワーズ」になってから、読むのをやめていたのだ。特に萩尾の前作「残酷な神が支配する」は辛かった。 さて「バルバラ異界」は、まあ、普通のSFで、「ドグラ・マグラ」の末裔のようなものだ。特に面白くはない。しかし気になったのは、その「オカルト風味」である。「サイエンス・フィクション」といっても、もともと、オカルト・フィクションとの区分は曖昧だ。常に科学的根拠が示されるわけではないし、ここでも、記憶が子孫に遺されるからくりは説明してあるが、夢の中に入るからくりは全然説明されていない。中でも、個人が消えてみなの心がひとつになる、というアイディアが出てくるのが気になった。 私は、1999年11月の「諸君!」に、売春をすると自我が融合するから危険で

    「バルバラ異界」とオカルト - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2007/01/21
    すべての人の心が融合するという「理想」 は、他人の心や他人の存在が認知できない(=理解できない)ことが基盤であって、それらの問題を解消するためのアイデアとして導き出される論理的結論なのだ。
  • いじめっ子に「愛」はあるか - jun-jun1965の日記

    私は『恋愛の昭和史』以来、「愛」とかラヴとかいう言葉は、人類愛や博愛に限定して使われるべきで、男女の愛とか家族愛とか、排他的な感情には使うべきではなかった、この二つをごっちゃにした西洋人が間違っていた、と言い続けている。 これを「いじめっ子」に当てはめるとよく分かる。いじめっ子でも、母親を「愛」していたり、恋人を「愛」していたりするだろう。ヒトラーだってエヴァ・ブラウンを、毛沢東だって江青を「愛」していただろう。だが彼らには人類愛や博愛はなかった(ただし毛は「文藝講話」で、異なる階級間に「愛」はないと言っている。もっとも、同じ階級だから「愛」があるとも限らない)。 「なぜ自分の家族には愛情深い人なのに、他人には冷酷なのか」というような問題も、この二つの「愛」を混同しているところから起きる。自分の周囲の人間を慈しんだりかわいがったりするのは、そも「愛」と呼ぶべきではないのである。

    いじめっ子に「愛」はあるか - jun-jun1965の日記
  • 加藤典洋よ、お前は既に死んでいる - jun-jun1965の日記

    前に『文学界』に連載していた「文壇から遠く離れて」は、『反=文藝評論』(新曜社、二○○三)に収められているのだが、その中の「虚構は『事実』に勝てるか」という章の最後で、私は「想像力」という語の安易な用い方を反省すべきではないかと書いておいた。この語はサルトルが用いたのを、日では大江健三郎が盛んに使って広まった。「他者」という語もサルトル由来で、こちらは江藤淳によって広められた。この二つを合わせて「他者への想像力の欠如」といえば、今では手垢にまみれた言葉である。それを、加藤典洋が『朝日新聞』の文芸時評(七月二十五日夕刊)で使っていたから、今さらながら加藤の鈍感さに驚いたのだが、想像力なるものは、人に冤罪を着せるためにも使われるし、あらぬ噂をたてる場合にも使われる。重要なのは事実ではないか、と私は書いた。 さて加藤は、私の「悲望」をとりあげて、「相手の女性が感じただろう恐怖と不安への想像力が

    加藤典洋よ、お前は既に死んでいる - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2006/07/30
    批判対象:陳腐化した「想像力」「他者」言説と「法律(=暴力)とキマイラ的結合を果たした、文学」
  • 西尾幹二への疑問 - jun-jun1965の日記

    八木秀次と西尾幹二が骨肉の争いをしている。今月の「諸君!」で西尾が八木を非難しているが、そこで、八木には天皇崇敬の念が足りない、新しい歴史教科書をつくる会の会長にふさわしいとは思えないと書いている。かくして遂に西尾は、「自由主義史観」なるものが、自由主義などではなく、皇国史観ないし天皇崇拝史観であることを明らかにした。なぜ日では、天皇を崇拝せずにナショナリストであることができないのか。 さて、そのこととは別に、私は近年の西尾の文業におかしなものを感じずにいられない。たとえば新しい歴史教科書編纂に加わっていた歴史学者・坂多加雄が死んだとき、西尾は「愛国と靖國--追悼・坂多加雄」(『諸君!』2003.1)という追悼文を書いた。そこで西尾は、末期がんだと知らされた坂ががっくりと意欲を失い、恐怖の発作で夜中に外へ飛び出し、夫人が懸命にとりおさえた、というようなことを書いた。そういうことは、

    西尾幹二への疑問 - jun-jun1965の日記
    umeten
    umeten 2006/07/02
    なぜ日本では、天皇を崇拝せずにナショナリストであることができないのか。
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