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2015年1月18日のブックマーク (5件)

  • 日本人だって状況が許せば略奪くらいする。当たり前だが。 - 読む・考える・書く

    東日大震災の後、実に気持ち悪かったのが、発災後まだ10日も経っていない頃から、「日人はこれほどの災害の中でも略奪もせずにきちんと並んでいる。外国人が褒めてる。日人すごい!」といった自画自賛がネットを中心に溢れていることだった。しかも、被災もしていない人間が、安全な場所からそうした言説を垂れ流して悦に入っていたのだからなおさらである。 しかし、日人だって、もちろん物資が欠乏した状況下で警察力が崩壊しているような事態となれば、略奪でも何でもやらかす。その典型的な事例を、関東大震災時の横浜に見ることができる。 内閣府中央防災会議 『1923関東大震災報告書 第2編』: 2  略奪事件と警備 大災害に際して略奪事件が発生することは、その後の外国の災害に際してもたびたび報じられる。関東大震災時に、略奪が広範囲に発生したのは横浜であった。『横浜市震災誌  第一冊』によれば、9月2日に焼け残った

    日本人だって状況が許せば略奪くらいする。当たり前だが。 - 読む・考える・書く
  • 東京新聞:50年代後半 日米が原爆図上演習 「自衛隊 核武装を」:政治(TOKYO Web)

    一九五四年の自衛隊創設から間もない五〇年代後半、原爆を使用する日米共同図上演習が日国内で実施され、米軍は演習を受け「自衛隊の核武装を望む」とする見解をまとめていたことが十七日、米解禁公文書から分かった。米国が核弾頭を提供して有事に共同使用する北大西洋条約機構(NATO)の「核共有」方式を想定していた。  七十年前、広島、長崎への原爆投下で核時代の扉を開いた米国は当時、ソ連との冷戦下で他の弾薬並みに核を使う政策をとった。五四年の水爆実験で第五福竜丸が被ばくしたビキニ事件で、反核世論が高まった被爆国日は非核国家の道を歩んだが、国民に伏せたまま制服組が核共有を構想した戦後史の裏面が明るみに出た。 五八年二月十七日付の米統合参謀部文書によると、五七年九月二十四~二十八日、自衛隊と米軍は核使用を想定した共同図上演習「フジ」を実施した。場所は記されていないが、防衛省防衛研究所の日側資料によると

    unorthodox
    unorthodox 2015/01/18
    要するにニッポンの方から核兵器を貸してくれとか何とか言ってた訳か。
  • 【関西の議論】韓国人による仏像窃盗対策にも有効…脚光浴びる「3Dプリンターでレプリカ文化財」の取り組み(1/3ページ) - 産経WEST

    文化財の盗難が後を絶たない中、「3次元(3D)プリンター」で文化財のレプリカを作って盗難に備える取り組みが注目されている。3Dプリンターを使えば実物そっくりの品が安価に作製できる。過去に大規模な盗難被害に遭った和歌山県では、博物館と工業高校が連携して3Dプリンターで仏像のレプリカを作製し、寺院に安置する活動を進めている。韓国人による仏像窃盗が相次いだ長崎県対馬市でもレプリカを寺社に置くことを検討。銃の作製など悪用も懸念される3Dプリンターだが、用途はますます広がっており、歴史的な“お宝”を守る方法としても期待されている。(秋山紀浩) 盲学校がきっかけ 「ぜひ触れてみてください。持ち上げてもらっても構いませんよ」 和歌山城の近くにある和歌山県立博物館(和歌山市)。入り口付近に展示された仏像や祭礼用の仮面などにガラスケースの覆いはない。全て3Dプリンターで作製され、来館者の誰もが手に取ることが

    【関西の議論】韓国人による仏像窃盗対策にも有効…脚光浴びる「3Dプリンターでレプリカ文化財」の取り組み(1/3ページ) - 産経WEST
    unorthodox
    unorthodox 2015/01/18
    3Dプリンターをも憎悪の扇動のネタに使うとは、呆れるを通り越してある意味感心させられる。
  • 慰安婦:安倍首相、「心痛めている」発言直後に極右と会合 | Chosun Online | 朝鮮日報

    韓国最大の発行部数を誇る朝鮮日報の日語ニュースサイト。朝鮮日報の主要記事をはじめ、社会、国際、北朝鮮政治、経済、スポーツ、芸能など、韓国の幅広いニュースを速報で届けています。

    慰安婦:安倍首相、「心痛めている」発言直後に極右と会合 | Chosun Online | 朝鮮日報
    unorthodox
    unorthodox 2015/01/18
    口先だけなら何とでも言える。
  • 関東大震災時、「不逞日本人」が悪事を働き、朝鮮人に濡れ衣を着せた - 読む・考える・書く

    東大震災時、朝鮮人が暴動を起こしているという流言がどこで、なぜ発生したのかについては、あまり良く分かっていない。 はっきりしているのは、そうした流言が早くも地震発生当日(9月1日)午後から横浜(東京の一部地域も?)で発生し、急速に周囲に広がっていったことくらいである。 このうち、横浜での流言発生の状況について、貴重な証言資料があったので紹介する。神奈川警備隊司令官として、壊滅状態に陥った横浜および周辺地域の救援と治安回復に当たった当事者である奥平俊蔵陸軍中将(震災当時は少将)の自叙伝[1]である。 奥平氏は9月3日に横浜方面警備の命を受け、約千名の将兵を率いて芝浦から船で横浜港に向い、翌4日早朝横浜に上陸、以後、25日に後任者に引き継ぐまで以下の地域の警備を担当している。 予の指揮する部隊は神奈川方面警備部隊と称し、其任務は最初神奈川県全部に亘わたり横浜の警備緒に就くに従ひ兵力を推進し馬

    関東大震災時、「不逞日本人」が悪事を働き、朝鮮人に濡れ衣を着せた - 読む・考える・書く
    unorthodox
    unorthodox 2015/01/18
    "夜間、自作自演で銃で撃ち合い、朝鮮人が襲ってきたと叫んで、付近の住民が家を捨てて逃げたところで略奪を行う。なかなか巧妙な手口ではある。"