岡田 俊之輔 T.S.エリオットは『荒地』の題辭として、ジョウゼフ・コンラッドの中篇小説『闇の奧』の一節を、コンラッドの名前と共に引く積りであつた。が、草稿を讀んだエズラ・パウンドは、「引用に耐へる程の重みがコンラッドにあるかどうか疑問だ」と書き送つた。その『闇の奧』の一節は、エリオットにとつて「見出し得る限り最も適切な」引用であり、自作の「解説として幾分かは役に立つもの」と思はれたから、折り返し返書を認めて、「コンラッドを引用するなといふ事でせうか、それとも、コンラッドの名を附すなといふ事なのでせうか」(1)と問うた。結局はエリオットが讓り、ペトロニウスの『サテュリコン』の一節を引く事にし、數々の助言に對する感謝の意を籠めて『荒地』を「吾に優る言葉の匠/エズラ・パウンドに」(2)捧げた譯だが、『荒地』の題辭として『闇の奧』の一節を引く事は頗る適切だといふ考へはその後も變らなかつたのであり