アメリカの心理学者アブラハム・マズローは良識ある理想主義者でヒューマニストだ。ひとことでいうと、とてもいいひとだった。 あちこち回り道をして28歳で心理学の博士号を取得したとき、マズローは学問の現状にものすごく不満だった。 当時の心理学は、精神分析と行動主義が対立していた。 フロイトが始めた精神分析では、ひとは無意識のなかに性的欲望を抑圧していて、それが神経症のようなこころの病の原因になる。有名なエディプスコンプレックス説では、男性は誰でも幼児期に母親との性的関係を欲望し、それが父親に禁止されることで去勢の恐怖に怯え、自我の葛藤が生じるとされた。しかしマズローは良識ある大人なので、「ひとのこころは性の欲望に支配されている」というフロイト理論を額面どおり受け入れることはできなかった。 20世紀初頭にワトソンやスキナーなどアメリカの心理学者によって提唱された行動主義は、心理学を「科学」にするこ