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3月8日は国際女性デー(International Women’s Day)。なぜこの日が「女性デー」なのか、ご存知ですか? はじまりは1904年3月8日にニューヨークで女性たちが婦人参政権を求めてデモを起こしたこと。1910年にはデンマークのコペンハーゲンで開かれた国際社会主義会議にて、ドイツの社会主義者クララ・ツェトキンが「女性の政治的自由と平等のために戦う日」にと提唱しました。ちなみに国際男性デーは11月19日です。 さてさて、フリーライターである私は基本的に自宅で仕事をしているのですが、長時間座ってパソコンに向かっていると、気分転換したくなってきます。そういうときには「猫 かわいい」「子猫」などで画像検索し、癒しを得ています。藤田嗣治の描く猫も好きで……と感じていたのは、先週まででした。 今、藤田嗣治に対して複雑な感情を抱いています。なぜなら、『百年の女 – 『婦人公論』が見た大正
秋田県秋田市の秋田県立美術館で、4月5日(日)まで「平野政吉コレクションの西洋画」が開催されている。 フィンセント・ファン・ゴッホ《ガシェ氏像》公益財団法人平野政吉美術財団蔵 秋田県内有数の資産家であった平野家の三代目で、生涯をかけて美術品を蒐集した平野政吉(ひらのまさきち)のコレクションを紹介。平野は青年の頃から日本の絵画を蒐集するが、1930年代に藤田嗣治と親交を深めてからはそのジャンルが西洋画にも広がった。本展ではフランスで活躍した画家の作品などを展示するとともに、藤田が中南米で入手した宗教画も紹介。世界的に名高い画家の作品も多く、大人から子供まで観賞を楽しめる。 【写真】アンドレ・ロート《船》公益財団法人平野政吉美術財団蔵 担当者は「藤田嗣治作品を中心とした多種多様な美術品から形成される平野政吉コレクションより、本展では選りすぐりの西洋画をご紹介します。19世紀ヨーロッパの画家の作
日本国内では、長らく現金資産が安全かつ最強の資産とされてきましたが、近年、日本銀行のインフレ政策への転換により、日本円の現金資産は大きなリスクにさらされています。そのようななか、欧米の富裕層の間で安定した資産として人気のダイヤモンドに注目が集まっています。本連載ではシンワダイヤモンド倶楽部主催の倉田陽一郎氏に、資産としてのダイヤモンドの可能性について解説いただきます。 「ダイヤモンド」を持って迫害から逃れたユダヤ人たち 2017年にAERA dot.で羽根田真智さんという人が書いた『ダイヤモンドでリスクに備えるイスラエル ユダヤ人迫害に深い関係が』と題した記事がありましたので紹介します。 「子孫に継がせるために資産を作りなさい」 イスラエルの経済・文化の中心地テルアビブ出身のヨセフさん(50代・仮名)は、医師である父親から幾度となく言われてきた。 両親は1948年のイスラエル建国時、ブルガ
大学プレスセターで年末恒例の年間アクセスランキング。2019年はどんなニュースが注目を集めたのか。大学ごとに最もアクセス数が多かった話題を、1位から30位までランキングに掲げた(順位は当該ニュースのアクセス数による)。 まずはベスト3を紹介しよう。 1位は聖徳大学・同短期大学部(千葉県松戸市)と松戸市、同市教育委員会による企画展「フジタとイタクラ エコール・ド・パリの画家、藤田嗣治と板倉鼎・須美子」のニュースだ。 パリで行われた日仏友好160年記念の公式企画「藤田嗣治展」と同じ会期の19年1月16日から3月16日まで、聖徳大の聖徳博物館で開催された。エコール・ド・パリ(20世紀初頭にパリで活動した芸術家の総称)を生きた3人の日本人画家、藤田嗣治と板倉鼎・須美子夫妻のつながりを伝えたのは同展が初めて。 エコール・ド・パリを代表する画家の1人として一世を風靡した藤田は、東京美術学校(現・東京芸
関西経済同友会が主催し、企業が集めた芸術品のコレクションを一般公開する展覧会『なにわの企業が集めた絵画の物語』展が、「大阪府立江之子島文化芸術創造センター」(大阪市西区)で、1月24日よりおこなわれる。 2018年に初めて実施され、大好評を受けて第2回が実現した。経済同友会の展覧会実行委員会と、総合監修の橋爪節也氏(大阪大学教授・左から2人め)が会見で発表した。 岡本太郎《娘と犬》1953年 油彩・キャンバス 所蔵先:株式会社大林組 今回の出品点数は、前回からパワーアップし、19社の企業から43点。歌川広重の浮世絵、小磯良平、東郷青児など近代の洋画、印象派のマネ、アルフォンス・ミュシャやシャガール、ロートレックのポスターまで幅広い。「コクヨ」(本社:大阪市東成区)から出品される藤田嗣治の『パリ』は、研究者にもあまり知られていない初期作品で、おそらく今回が初めての公開になるというから、見逃せ
1905年、東京美術学校西洋画科に入学し、黒田清輝の指導を受けた藤田嗣治。卒業後の13年に渡仏した藤田は、パリの美術潮流に触れ、東京美術学校での教育を批判することになった。 フランスでアカデミックな絵画教育を受け、西洋画を日本に移植しようとした黒田。いっぽう、西洋と日本を融合させた独自の画風をパリで確立した藤田。2人の画家は西洋美術の深奥を感じ取り、そのうえでそれぞれの画業を展開させた。 本展は、渡仏前の藤田の活動に焦点を当て、東京美術学校在学中に制作した人物画、近年発見された《榛名湖》などの風景画を展示。また、藤田が渡仏後に新婚の妻・鴇田とみへ差し出した書簡を公開し、画家として目指した方向性や妻への思いを紹介する。 そして黒田については、在仏中の作品、および帰国後に描いた「構想画」の下絵などを展観。あわせて黒田が監修した東京駅壁画の資料から、日本の近代化と向き合った画家の姿を浮かび上がら
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