nothing to hideとはこのところ暗号規制のあり方について関心を持っているのだが、話のとっかかりとして、いわゆる「nothing to hide」論について少し書いてみたい。 うまい訳が思いつかないのでとりあえずこのままにしておくが、ようするに「隠すことがない」ということである。セキュリティやプライバシーの文脈では、「私には隠すことなどない、だから企業や政府に監視されても構わない」という主張になり、ひいては暗号規制のような政策の論拠となりうる。 nothing to hideの強みこの主張が厄介なのは、ある種素朴な倫理観に訴えてくるからである。すなわち、「隠したいことがある」イコール「何かやましいことがある」であり、やましいことがあるならそもそもそれが問題で、プライバシー云々以前に非難に値するのではないか、と考えがちなわけだ。更には、プライバシーだのなんだのうるさく言う人は、何か