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ブックマーク / dennou-kurage.hatenablog.com (34)

  • 『情報の文明学』(梅棹忠夫)の予言は現在も着々と実現されている - 脱社畜ブログ

    アルビン・トフラーが1980年に『第三の波』によって情報化社会の到来を予言する17年前、日で既に情報化社会の到来を予言していた人がいた。民族学・比較文明学者の梅棹忠夫である。その世界的に見ても歴史的だといえる論文「情報産業論」が、書『情報の文明学』に掲載されている。 情報の文明学 (中公文庫) 作者: 梅棹忠夫 出版社/メーカー: 中央公論新社 発売日: 1999/04 メディア: 文庫 購入: 11人 クリック: 617回 この商品を含むブログ (91件) を見る 書は、色んなところで度々言及されるので、存在自体は知っていたのだが通読したのは実は今回がはじめてだった。 長い間手に取らなかったのは、恥ずかしながら「古いだし、いまさら情報化社会とか言われても」という先入観を持っていたからだと思う。この手の「的中した予言の」はたしかにスゴイことにはスゴイと感じるのだが、いわゆる「予言

    『情報の文明学』(梅棹忠夫)の予言は現在も着々と実現されている - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2016/09/12
    “(たとえば、宗教は情報産業の前駆的形態である、など)” 特に、ここがめちゃくちゃ気になる。
  • 退職金を目当てに会社にしがみついてはいけない理由 - 脱社畜ブログ

    こちらを読んで。 cild.hatenablog.com この記事だと、退職金はどんな会社でも正社員であればほぼ確実にもらえるような書き方をしているが、現実にはそういうわけでもない。 マクロトレンドとしては、むしろ退職金は廃止の方向に向かっており、それはここ数十年の統計にも如実に現れている。厚生労働省の就労条件総合調査:結果の概況を見てみると、退職給付制度を導入する企業数は平成5年(1993年)をピークに低下の一途を辿っており、直近の調査があった平成25年(2013年)では75.5%まで低下している。つまり、現時点で退職給付金制度がない会社が約4社に1社存在し、しかもそれは今後さらに拡大することが予想されるということだ。 平成元年(1989年):88.9% 平成5年(1993年):92.0% 平成9年(1997年):88.9% 平成15年(2003年):86.7% 平成20年(2008年)

    退職金を目当てに会社にしがみついてはいけない理由 - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2016/02/18
    退職金、「隣町の伝説のヤリマン」くらい不確かな存在だと思ってる。
  • 先延ばしのススメ:「すぐやらない」という仕事術 - 脱社畜ブログ

    「明日やろうは馬鹿野郎」なんて言葉もあるように、「先延ばし」は基的によくないこととされている。 実際、「先延ばし」で損をすることは少なくない。夏休みの宿題を先延ばしし続けた挙句、最終日間際になって「なんで早くやっておかなかったんだろう」と泣きながら片付けるというのはもはや夏の風物詩ですらある。中間テストや期末テストの勉強を直前まで先延ばししたせいで、結局試験範囲を全部勉強することができずに試験日を迎えてしまったという話もよく聞く。「先延ばし」はしないほうがいいと頭では分かっていても、僕たちはついつい「先延ばし」をしてしまう。 先日、『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』というを読んだのだが、このを読むと「先延ばし」が単なる怠けではなく、DNAレベルで人間に刻まれたものだということがわかる。そういうことなので、自分の「先延ばし癖」をあまり責めてもしょうがない。特に意識をしない限りは、人

    先延ばしのススメ:「すぐやらない」という仕事術 - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/12/25
    今日まさに、「やらなかった結果、やる必要がなくなる」という事案が起きた。こんなことあるんだなぁ
  • 「残業シェア」という最悪の考え方 - 脱社畜ブログ

    先日、新聞を読んでいたらこんな特集記事が載っていた。 電子版を契約していない人は全部読めないと思うのだけど、要は職場のみんなで助け合いの意識を持ち、残業が突出している人がいたらその人の仕事をみんなで分かち合おう、という考え方をこの記事では「残業シェア」と呼んでいる。 効果が出ている(と少なくともこの記事には書いてある)職場もあることから、「残業シェア」は一見よさそうな施策にも見える。しかし、僕はこの考え方で残業が減るのは特定の条件を満たした一部の限られた職場だけだと思う。多くの職場では、むしろ「残業シェア」的な考え方は逆に残業を増やしかねない。 「残業シェア」の最大の問題は、「助け合い」の名の下に同調圧力の発生を肯定しかねない点にある。「多くの仕事を抱えている人の仕事を分かち合う」という考え方は、「自分の仕事が終わっても他人の仕事が終わらなければ帰るな」というつきあい残業に容易につながる。

    「残業シェア」という最悪の考え方 - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/11/26
    “「仕事が終わっていなくても、業務時間がすぎたら帰るのが当然」という考え方にシフトしていったほうが残業抑制という意味では何倍も効果があるだろう。”
  • 若者もワークライフバランスを求めていい - 脱社畜ブログ

    結構前の記事になってしまうのだが、以下の記事についての感想を聞かれたので、ちょっと書こうと思う。 若者にワークライフバランスなんていらない http://toyokeizai.net/articles/-/12808 この手の意見は、割とよく聞く。すごく大雑把に要約すると、「若いうちはワークライフバランスなんてことは考えず、とにかくガムシャラに働いてスキルやよいポジションを得るようにしないと、立派なビジネスマンになれない。それが結果的に、歳を取ってからのワークライフバランスに影響する」という感じの意見である。 この主張は、完全に間違っているというわけではない。外資系金融やコンサルティングファームで活躍する「エリートサラリーマン」になろうというのであれば、新卒で入社した直後から毎日定時に帰ってプライベートを充実させつつ働き続けるというのは残念ながら難しい。この手の会社でも通用するような知識や

    若者もワークライフバランスを求めていい - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/10/12
    “「若いうち」は体も頭も歳をとってからよりも自由が効くという側面は少なからずあるわけで、この貴重な若いうちの時間を「仕事」に使うべきかは各人の価値観によって決めるべきだ。” これに尽きるでしかし。
  • 「仕事もプライベートも充実」はかなり疲れる - 脱社畜ブログ

    仕事もプライベートも充実」というフレーズを目にすることがある。 このフレーズを人生の活動指針にしている人がいたら申し訳ないのだけど、僕自身はあまりこのフレーズが好きではない。たしかに、仕事もプライベートもどちらも充実しているという状態はひとつの理想型ではあるだろう。SNSなどで「自分は仕事もプライベートも充実している」と公言している人を見ると、嫌味でもなんでもなく純粋に「すごいなあ」と感心してしまう。おそらく僕自身がそういう状態に至ることはないだろう。なんというか、仕事もプライベートも全力投球で手を抜かずやっていると、すごく疲れそうだと感じてしまうのだ。 苦しいことをやっていると疲れてしまうのは当然なのだけど、実は楽しいことをやっていても活動量が多ければやはり疲れる。充実さえしてれば疲れないということはありえない。基的に、自分が一週間で使えるエネルギーの量は一定で、仕事にエネルギーをつ

    「仕事もプライベートも充実」はかなり疲れる - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/08/03
    そもそも、体力には個人差があって、それに伴う活動量ももちろん違うという前提をもっと認識してほしい感じはある。月金で働いてたら、自分は土日家で休まないと厳しい。
  • 会社勤めをしている人が、会社勤めをしていない人より偉いわけではない - 脱社畜ブログ

    昨日、以下の記事がちょっとだけ話題になっていた。 「イケダハヤトが25歳世代の常識?お願いだから笑わせないでください」-AERAの特集を読んで :: さようなら、憂な木曜日 http://goodbyebluethursday.com/archives/21942280.html はじめに断っておくが、僕はノマドワーカーなる働き方を礼賛する立場を取る者ではない。そもそも、ノマドワーカーと個人事業主の違いが僕にはよくわからないし、個人事業主といえども経営者なので、経営者が直面するリスクとは当然向き合う必要がある。「誰もがノマドワーカーになって生活していけるし、そうすべきだ。会社勤めはオワコン」という意見はさすがに乱暴だと思う。「ノマドがこれからの時代の主流です」という論調に異議を唱えたいという人の気持ちはよくわかるし、安易にノマドワーカーを目指す人には、「自分のスキルセットと向き合い、事業

    会社勤めをしている人が、会社勤めをしていない人より偉いわけではない - 脱社畜ブログ
  • 「友達の作り方がわからない」という人は、とりあえず知り合いをたくさん作るといい - 脱社畜ブログ

    「社会人になってから、友達の作り方がわからなくなった」 先週末、久々に会った大学時代の友人と飲んでいたら、そんな話になった。 自分で稼ぐようになったいい年齢の大人が「友達の作り方」で悩んでいるというのはなんだかちょっと情けないように聞こえなくもないが、意外とこれと似たことを感じている人は少なくないようだ。そういえばまだ学生だった頃にサークルの飲み会で、会社員のOBから「当に損得勘定抜きで付き合える友達が作れるのは大学生のうちだけだ」という説教をされたことがあったが、要はこれも「社会に出たら友達の作り方がわからなくなった」(ように感じる)ことから出たアドバイスなのだろう。 思うに、会社に入って働くようになったらもう学生時代のような友達は作れないと断言してしまうのには抵抗がある。そうやって会社に入って働くことを不可逆な変化だと見ること自体がそもそも僕の思想とかけ離れているし、それに学生時代に

    「友達の作り方がわからない」という人は、とりあえず知り合いをたくさん作るといい - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/07/27
    Twitterがきっかけで得た友達も多い。
  • ブログは毎日更新しないほうがいいかもしれない - 脱社畜ブログ

    ブログの更新をサボっていたら、前回の更新が155日前とかになってしまった。まあ前回更新した時点でもう月に1回とかのペースになっていたのだけど、今回はさすがに放置しすぎたように思う。個人的にはもうちょっと頻度を上げて書いていきたいと思っているのだけど、いざPCの前に座ると「明日にしよう」という気持ちになり、それを何度も続けているうちに155日が経過したわけで、自分の意志力の低さはなかなかのもんだと思わずにはいられない。 なぜこうも放置し続けてしまったのか。最近、ちょっと忙しくなったからというのはあるかもしれない。もっとも、それでも毎日深夜残業に追われていた社畜会社員時代と比べれば遥かに時間にゆとりはあるわけで、忙しさだけに理由を求めるわけにはいかないだろう。会社員時代は平日時間が取れなかったので、土日に7個記事を書きためて、毎日夜に会社からこっそり更新ボタンを押してなんとか毎日更新を維持して

    ブログは毎日更新しないほうがいいかもしれない - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/07/20
    いまたくさん記事を書くブロガーがたくさんいて、これからはIO比がモノをいうようになるんだろうなーと思った。
  • 「退職」を意識するということ - 脱社畜ブログ

    先日辞めた会社に就職した時に、最初に決めたことがある。普通、会社に就職する時に決意することと言えば「最低でも3年は勤める」とか「◯◯という役職まで上り詰める」といったような前向きなことだと思うのだけど、僕が決めたことはそれと真逆のことだ。 「しんどい、と思った時には躊躇なく辞めよう」 そう決めてから、僕は会社で働きはじめた。 仕事がハードだという噂は就職する前から聞いていたので、長く勤められるだろうとは最初から思っていなかった。小さい会社の経営側から大きな会社の雇われ社員になって、自分がどれだけまともに働けるかということについても不安があった。だから僕は、最初に退路を用意しようと決めた。就職というのは、基的にはくじ引きだから、必勝ということはありえない。最初に退路を確認してから戦いをはじめるというのは、戦略としては極めて真っ当だ。 「いつでも辞めてやる」と思って働き始めると、不思議なこと

    「退職」を意識するということ - 脱社畜ブログ
  • 長時間労働すれば仕事ができるようになるわけでもない - 脱社畜ブログ

    長時間労働しないと仕事はできるようにならない http://anond.hatelabo.jp/20130815000121 この記事はおそらく釣りなんだけど、いわゆる「若いうちはワークライフバランスなんて気にするな」的な主張をする人はたしかに大勢いて、根底にある理屈は同じなんだと思う。 元記事でスポーツや音楽の例を出しているけど、この手の話で1万時間の法則というものがある。 "天才"に生まれ変わる「10000時間の法則」 http://matome.naver.jp/odai/2135372857393394401 「何かに熟達するために相応の時間をかけなければならない」というのは確かにまあその通りなのだけど、これと同じ理屈が仕事に適用できるかと言われると、かなりあやしい。 長時間労働しなければ仕事ができるようにならないという理屈に決定的に欠けているのは、仕事の「効率」という観点だ。仕事

    長時間労働すれば仕事ができるようになるわけでもない - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/05/29
    “むしろ、若いうちから残業前提の働き方を覚えてしまうと、あとで困ることになる。時間外労働というのは言わば最後の砦で、緊急事態以外はそんな頻繁に使うべきものではない。日頃からあたり前のように使っていると
  • 残業をしても決して生産性は上がらない - 脱社畜ブログ

    パーキンソンの法則というものがあるのを、ご存知だろうか。内容を以下に示そう。 「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」 なかなか、考えさせられる法則だ。 この法則は、英国の政治学者シリル・ノースコート・パーキンソンがその著書の中で提唱したもので、これはその第1法則だ。当は第2法則もあるのだけど、今回のエントリーとは関係ないのでそちらは省く(第2法則もなかなか示唆に富んでいるので、それについてはまた別途何か書きたいと考えている)。 ひたすら単純な作業を繰り返すような労働であればこの法則は当てはまらないが、いわゆる知的労働の類ではかなり妥当するのではないかと思う。 この法則から導き出せるのは、労働時間は極力短くしたほうが効率が上がるということだ。もっとも、納期を短くすべしと言っているわけではない。僕が短くすべきだと主張したいのは、日々の労働時間だ。残業は無駄である

    残業をしても決して生産性は上がらない - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/05/29
    “パーキンソンの法則を念頭に置いて、労働時間は極力短く考えるべきだ。毎日、定時に帰宅することを目標としよう。どうせ、残業をしてもしなくても、仕事の結果はほとんど変わらない。”
  • 怠惰は美徳:仕事はどんどんサボろう - 脱社畜ブログ

    仕事をしていて、「めんどくさい」とか、「かったるい」とか、「サボりたい」とか、こういうことを言うと怒る人がいる。でも、当にめんどくさくて、かったるくて、サボりたくなるような仕事はある。特に、単純作業系の仕事に多い。 実はこの手の仕事は、うまくやればサボれることが多い。そもそもやる必要性が薄いものだったら、やらなければいい。どうしてもやらなければならないものだったとしても、機械やプログラムの力を借りて自動化できないか考えてみるべきだ。Excelのマクロや、簡単なスクリプトを使えば、思ったよりも簡単に自動化はできてしまうものだ。 日では、真面目に取り組むことが過剰評価されていると僕は常々思う。確かに、適度に真面目なのはいいことだ。しかし、度が過ぎると、逆に生産性を阻害する。 Excelのマクロを組んで仕事を片付けたらズルをしていると言われた、という有名な話がある。さすがにネタっぽいような気

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  • 始業時間ギリギリに出社して何が悪い - 脱社畜ブログ

    前回、始業時間を定めることは特別な理由がない限り生産性を阻害するだけで意味が無いという内容のエントリを書いたが、会社の始業時間については、さらに不合理なことを言う人がいるようだ。 それは、「社会人たるもの、始業時間のN分前には出社して、席についていなければならない。始業時間ギリギリに来るやつは、仕事ができないやつだ」という主張だ。 N分は主張する人によって変わる。10分ぐらいの人から、ひどいケースになると1時間とかの場合もあるようだ。 もはや、ここまで社畜根性丸出しだと、称賛に値するような気がするけど、こんなことを言うやつが先輩とか上司にいたら非常に困ったことになる。僕なら、即効で喧嘩してから、その会社を辞める。 これでは、一体なんのための始業時間なのかわからない。仕事の準備時間を強制したいのであれば、始業時間を早めてその分を賃金計算に含めなければそもそも違法のはずである。社会人の常識とい

    始業時間ギリギリに出社して何が悪い - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/05/29
    “ルールを漫然と守る、というだけでは奴隷と一緒だ。不合理なルールには、断固としてノーを唱えよう。”
  • 会社が辛くなったら、いつでも逃げていい - 脱社畜ブログ

    某一部上場企業に入社した知り合いが、入社式で社長からこんなことを言われたらしい。 「君たちは、今日から社会人になった。社会人になった以上、『辛くても絶対に逃げない』ということを肝に銘じて欲しい。学生の時と違って、社会に出ると辛いことが多い。でも、絶対に逃げてはいけない。一度でも逃げてしまうと、逃げ癖がついて、立派な社会人になれない」 入社式でいきなり社長自らこんなことを言うということは、それだけ逃げる社員が多いということなんだろうなぁ、と思わずにはいられない。社長自ら、「当社はブラック企業です!」と言っているようなものである。僕だったら、その日のうちに逃げる。 僕はこの社長とは逆で、「辛くなったら、いつでも逃げていい。やばい時にはすぐに逃げよう」という提言をしたい。 前にも書いたように、どんなに優良企業を選んでも、ブラックな部署に配属されてしまう可能性はある。そんなときには、さっさと逃げた

    会社が辛くなったら、いつでも逃げていい - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/05/29
    “大事なことは、会社や仕事を絶対的なものと考えないようにすることだ。仕事はあくまで人生の副次的なもので、これが原因で体を壊したり心を病んだりすることは本当に愚かなことだ。”
  • いい仕事をすればするほど、仕事はつらくなっていく - 脱社畜ブログ

    あなたが日の会社に就職して、ものすごく仕事を頑張ったとする。 単に精神論として頑張ったというだけではなく、実際に成果もたくさん上げて、会社にも多くの利益をもたらした。その結果、あなたは見事同期の中で一番仕事ができる人と評価されたとしよう。 当然、会社はそんなあなたの働きに対して、見返りを与えることになる。素朴に考えると、これは給与に還元されるのが正当なように思える。自分が同期の10倍ぐらい会社に貢献しているというのであれば、給料も10倍ぐらいになる……とかだったら、あなたの懸命な仕事も報われると言えそうだ。 しかし、現実にはそんなことはありえない。日の会社の多くは、仕事ですばらしい成果を上げた人間には、役職を上げてさらに難易度の高い仕事を与えるという報い方をする。給料も少しは上がるかもしれないけど、それ以上に仕事の量、責任の重さがグッと上がって、仕事はどんどんしんどくなっていく。 別な

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  • 日本人は契約内容以上のサービスを相手に求めすぎ - 脱社畜ブログ

    会社で働いて給料をもらうのも、あるいは牛丼屋で280円の牛丼を注文してべるのも、その根底には「契約」が存在している。 「契約」というのは、大雑把に言ってしまえば約束のことだ。会社員は雇い主に対して一定の労務を提供し、雇い主はその対価として賃金を払うことを約束する。牛丼屋は客に注文されたサイズの牛丼を提供することを約束し、一方で客はその対価を支払うことを約束する。 お互いがお互いの義務について約束をすることで、契約は成立する(双務契約の場合)。そして、この約束した義務にない行為は、しなくても契約という点からは咎められることはない。労働者は最初に約束した時間の範囲で労務を提供すればいい。牛丼屋も、牛丼を提供して客がべられるような状態にすればいい。定時後や休日に無償で働いたり、笑顔で一緒にあたたかいお茶を出したりしなくても、「契約」上の義務は十分に果たしている。 しかし、現実にはこういう「契

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  • 「仕事が嫌い」でも、卑屈になる必要はない - 脱社畜ブログ

    ちょっと前の話になるのだけど、『なんでもワールドランキング ネプ&イモトの世界番付』というテレビ番組で、世界各国の子供のなりたい職業ランキングという特集をやっていたのだそうだ。そして、面白いことにフィンランドの子供のなりたい職業ランキング3位は「働きたくない」だったという(僕自身は残念ながら放送そのものは見ていない。情報だけあとで教えていただいた。ありがとうございます)。 これについて、フィンランドというお国柄について論じるつもりは基的にはない。ただ、これがスゴイなと思ったのは、「なりたい職業」を考える際に、しっかりと「働きたくない」という選択肢が存在していたということだ。こういう選択肢があることは考えてみれば当たり前で、誰もが「なりたい職業」を持っているはずだ、という前提を置くことがそもそも間違っている。 もちろん、「働きたくない」を貫くには、それでも生計を立てられるだけのお金を労働以

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    zuboriradio
    zuboriradio 2015/05/29
    “むしろ「仕事が嫌い」だからこそ早く終わらせる術を考えたり、「仕事が嫌い」だから休日をしっかり取れるようにしようと考えたりするという側面もあるわけで、「仕事が嫌い」なことによって生まれるプラス効果は無
  • 今日から会社員になった人たちへ:会社との「距離感」を意識しよう - 脱社畜ブログ

    今日は4月1日である。4月1日は、年度の切り替わりということで人によっては特別な一日だ。例えば、学生であれば学年が変わる。そして、今日から会社員になったという人も、決して少なくはないはずだ。 入社式で、偉い人から「社会人としての責任を」とか、「もう学生とは違う」とか、そういうご高説をたくさん賜ったことだろうと思うが、こういったご高説はエイプリルフールの冗談か何かだと思って、さっさと忘れてしまうことをおすすめしたい。それよりも、僕が今日から会社員になった人たちにぜひとも意識してほしいと思うのは、会社との距離感である。 日の場合、「社員を家族だと思う」なんていう偽善的な言葉が出てくるぐらい、会社と従業員の関係が密接である場合が少なくない。これがいい意味で使われるのならいいのだけど、どちらかというと「会社が今は危機的な状況だから、我慢してくれ。家族ならみんなで協力して家を支えるだろう」という方

    今日から会社員になった人たちへ:会社との「距離感」を意識しよう - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/05/29
    “会社員は会社の構成員であると同時に、対等な契約相手として、会社とは必ず一定の距離を置くように気をつけたほうがよい。”
  • 「死ぬほど働いた」ことを美化するな - 脱社畜ブログ

    ベンチャー企業の社員紹介ページなどを見ていると、たまに「死ぬほど働いたエピソード」が載っていて戦慄を覚えることがある。「会社に寝泊まりした」とか、「朝5時にミーティングをした」とか、「30連勤した」とか、こういったことをまるで勲章であるかのように語る人たちが、一部にいる。 この手の話は労働基準法違反をネットで高らかと宣言しているのと同じなので、例えばtwitterで未成年が飲酒自慢をするのと同じような感じで炎上してしかるべきだと思うのだけど、実際にはそうなっていない。それどころか、いわゆる「美談」として捉えられている場合が多い。「死ぬほど働きました、おかげで成長できました」というストーリーはもうお決まりで、「こんな感じで死ぬほど働いても大丈夫なやつ募集!」という会社側のメッセージが垣間見えて、こういうのを採用サイトに載せているのを見るたびに、嫌な気持ちになる。 確かに、例えば失敗しそうだっ

    「死ぬほど働いた」ことを美化するな - 脱社畜ブログ
    zuboriradio
    zuboriradio 2015/05/29
    “もう、「死ぬほど働いた」ことを美化するのはやめにしよう。「死ぬほど働いて」成果を出しても、それは決して誇れることじゃない。”