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三國志と三国志に関するzusannnu4のブックマーク (44)

  • 趙雲子龍の強さの秘密!歴史を動かしたその力とは?

    趙雲子龍ちょううんしりゅう、名前も字も並べてみるととてもカッコいい趙雲(ちょううん)。某ゲームでも趙雲(ちょううん)は蜀(しょく)のメインキャラクターと言った立ち位置で、強さもさることながら性格も清廉でほれぼれしちゃいますね。 しかし三国志演義から三国志に入ってきたりすると、正史の趙雲の描写の少なさに驚いてしまうことも……。今回はそんな趙雲の強さとは?に注目して見ました。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム

    趙雲子龍の強さの秘密!歴史を動かしたその力とは?
  • 曹操が天才と呼ばれる理由!魏書武帝記から探る天才の源泉

    曹操そうそうが天才と呼ばれる訳!彼の「天才」はここだ!かの人は「治世ちせいの能臣のうしん、乱世らんせいの奸雄かんゆう」と呼ばれた。そして後の世で人々はこう呼び始める、天才、と。 曹操そうそうは天才だ、三国志さんごくしにおける当代きっての天才だ……ではどんな所が天才なのか? ふとそう思ったことはございませんか。天才天才と軽々しく呼んでいるだけではないか……そんな風に思われないように。ここらで再度、曹操そうそうのどの辺りが天才なのか、それをお話ししたいと思います。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやF

    曹操が天才と呼ばれる理由!魏書武帝記から探る天才の源泉
  • 蜀滅亡・劉禅は本当に暗君だったの?

    劉備玄徳の子であり、蜀の二代目の皇帝でもある劉禅(りゅうぜん)は、 暗君であったとされています。 その幼名の阿斗(あと)を取って「扶不起的阿斗」 (救いようのない阿斗)ということわざが残されているほどです。 しかし、当に劉禅はそこまで貶められなければならないほどの暗君だったのでしょうか? 諸葛孔明亡き後、彼の置かれた境遇を見直してみると別の一面が見えてきます。 関連記事:君たちはどう生きるか?アホ劉禅に学ぶ聡明な生き方 関連記事: 蜀滅亡後、安楽公として余生を楽しんだ劉禅の最期と心情 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組ん

    蜀滅亡・劉禅は本当に暗君だったの?
  • 周瑜の死因と三国志の英雄たちの死因を調べたら判明したことを紹介

    三国志の時代には曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)、諸葛孔明(しょかつこうめい)など数えればきりがないほど魅力的で歴史に名を刻んだ人物がいっぱい登場します。 赤壁の戦い(せきへきのたたかい)で曹操軍を撃破した孫呉の名将・周瑜(しゅうゆ)も歴史に名前を刻んだ一人ですが、上記で紹介した魅力ある人物や周瑜の死因はいったいなんのでしょうか。今回は三国志に登場する人物の死因と周瑜の死因を調べてみましたので紹介したいと思います。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、

    周瑜の死因と三国志の英雄たちの死因を調べたら判明したことを紹介
    zusannnu4
    zusannnu4 2023/02/06
    #周瑜 #三国志
  • 張飛の得物丈八蛇矛は極めて残忍な兵器だった?その用途と[張飛が得意とした理由を解説]

    ゲーム「真・三国無双」で登場する先端がうねうねした武器。それが蛇矛(だぼう )。 特徴的な形から張飛(ちょうひ)の武器というイメージを持つ読者もいるでしょう。 ここでは、蛇矛の使い手と蛇矛の威力について紹介していきます。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作責任者 おとぼけ(田畑 雄貴) PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並

    張飛の得物丈八蛇矛は極めて残忍な兵器だった?その用途と[張飛が得意とした理由を解説]
  • 夏侯惇と夏侯淵、2人の夏侯氏のエピソードを紹介![ネタ三国志]

    夏侯惇(かこうとん)と夏侯淵(かこうえん)は魏(ぎ)(220年~265年)の将軍です。曹操(そうそう)が挙兵した当初から付き従った人物であり、魏の基礎を築き上げました。 今回は正史『三国志』から彼らの逸話について紹介いたします。 ※記事中の歴史上の人物のセリフは、現代の人に分かりやすく翻訳しています。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作

    夏侯惇と夏侯淵、2人の夏侯氏のエピソードを紹介![ネタ三国志]
  • 弓の名手・太史慈のエピソードは実話なの?陳寿からも評価された逸話を紹介

    三国志において、弓の名手として知られる武将は何人か登場します。代表的なのは呂布(りょふ)や黄忠(こうちゅう)ですが、実は知られざる弓の名手として有名なのが呉の太史慈(たいしじ)です。 今回はそんな太史慈の弓に関するエピソードをご紹介したいと思います。なお、今回の記事の内容は基的に正史三国志に基づいています。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテ

    弓の名手・太史慈のエピソードは実話なの?陳寿からも評価された逸話を紹介
    zusannnu4
    zusannnu4 2023/01/26
    “弓の名手・太史慈のエピソードは実話なの?陳寿からも評価された逸話を紹介 ”
  • [卑弥呼の死の真相]殺害か、戦死か、老衰か、自殺か?

    今回も前回に続き、卑弥呼(ヒミコ)の死の謎について迫っていきます。 予告通り、作家・松清張氏の「卑弥呼殺害説」への異論として、 保坂俊三氏の意見を参考にしながら、書いていきます。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作責任者 おとぼけ(田畑 雄貴) PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後

    [卑弥呼の死の真相]殺害か、戦死か、老衰か、自殺か?
  • 取り扱い注意!孫子の兵法をそのまま活用したら[超ブラック企業]が出来上がるこれだけの理由!

    ビジネスや人生の指針にもなると世界中で絶賛される孫子兵法(そんしへいほう)。「孫子」を活用する事でビジネスの勝者になれるみたいな事は結構、多くのビジネスマンに共有されているんじゃないでしょうか? 現在の孫子の兵法は、乱世の奸雄曹操(そうそう)が注釈(ちゅうしゃく)をつけて整理したものなんですが読んでいると、仮に孫子兵法を丸々実践してしまうと 「これ、かなりブラック企業に酷似(こくじ)してね?」なんて思ってしまったので、書いてみます。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリ

    取り扱い注意!孫子の兵法をそのまま活用したら[超ブラック企業]が出来上がるこれだけの理由!
  • 諸葛恪を殺した孫峻は呉で一番の小心者?殺したはずの諸葛誕に夢の中で殴られて[死ぬ]ってホント?

    孫峻は呉の王族に連なる人物であり、諸葛恪を誅殺して後、独裁体制を敷き従弟の孫綝と併せ西暦253年から259年まで6年間呉で権力を握りました。 しかし、その政治は誅殺した諸葛恪同様、それ以上の独裁政治になり、暗殺計画が続いて健康を損ない、ついには、死んだ諸葛恪に殴られるという不思議な夢を見て以来、衰弱が激しくなり死んでしまうのでした。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務

    諸葛恪を殺した孫峻は呉で一番の小心者?殺したはずの諸葛誕に夢の中で殴られて[死ぬ]ってホント?
  • 司馬懿は洛陽でどんな生活をしていたの?[ネタ三国志]

    司馬懿は魏(220年~265年)の政治家です。三国時代(220年~280年)を統一した西晋(265年~316年)の初代皇帝の司馬炎の祖父に当たります。 この司馬懿は魏の政治家なので当然、住んでいたのは魏の都の洛陽です。今回は正史『三国志』の司馬懿の洛陽での生活について解説します。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作責任者 おとぼけ(田畑

    司馬懿は洛陽でどんな生活をしていたの?[ネタ三国志]
  • 諸葛孔明が劉禅に提出した出師の表を現代文全文解説!これを読んで[あなたは泣ける?]

    古来より、これを読んで涙を流さないものは忠臣にあらずと言われる名文、諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)の出師(すいし)の表(ひょう)。でもその原文は当然、漢文で長く読むのが大変です。そこではじさんでは、出師の表を分析して、孔明が言いたかった事のポイントを要約し、知ったかぶりできるようにしました。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作

    諸葛孔明が劉禅に提出した出師の表を現代文全文解説!これを読んで[あなたは泣ける?]
  • 裴松之がいなければ三国志は歴史に埋もれていた?80歳まで生き劉宋で出世した[老歴史家の功績とは?]

    おそらく80パーセントの三国志ファンは知らないと思われる裴松之。彼は偉大な歴史家で『三国志』を多方面から研究した人物です。 彼の偉業がなければ『三国志演義』は産声を上げなかったかもしません。ここでは、裴松之と彼が注釈をつけた裴注三国志にフォーカスしていきます。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作責任者 おとぼけ(田畑 雄貴) PC関連プ

    裴松之がいなければ三国志は歴史に埋もれていた?80歳まで生き劉宋で出世した[老歴史家の功績とは?]
  • 董卓がデブなのは厚い脂肪で致命傷を回避するためだった?三国志のハート様[董卓の武勇を解説]

    とにかく悪くてセコくて気持ち悪くて、読者の憎悪をとことんかき立て、そして期待通り(!)に凄惨な死に方をしてくれるのが、『三国志演義』序盤の悪役、董卓。 しかしこの董卓、よく読むと、かなりの実力を伴ったやり手の独裁者であることに気づくはず。 そもそもこの人がしぶとくがんばってくれたおかげで、劉備も曹操も袁紹も孫堅も反董卓連合軍としていい感じで邂逅し、群雄割拠の時代の幕が開くことになったのです。 そういう意味では、董卓こそが三国志の物語を面白くしてくれたひそかな貢献者なのかもしれません。ところでこの董卓、実は武勇に関してはかなりのものだったらしいのです! 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関す

    董卓がデブなのは厚い脂肪で致命傷を回避するためだった?三国志のハート様[董卓の武勇を解説]
  • 満寵(まんちょう)ってどんな人?曹氏三代に仕え呉の天下統一を阻み続けた司令官

    192年 従事となる 208年 奮威将軍・汝南太守となる 219年 安昌亭候となる 220年 陽武将軍となる 222年 伏波将軍となる 224年 豫州刺史となる 229年 前将軍・都督揚州諸軍事となる 230年 従東将軍となる 238年 大尉となる 242年 死去 満寵(まんちょう)は法を守らない人物には誰が相手であろうと臆する事無く、厳しく接した政治家でした。後年は、軍人としての道を歩みはじめ、対呉戦線の総司令官に就任し、呉を苦しめます。彼が対呉戦線の総司令官として在任中、孫権(そんけん)は敗れ続け、一回も勝てませんでした。孫呉キラーとして名を馳せた魏の総司令官・満寵(まんちょう)を紹介してきたいと思います。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジ

    満寵(まんちょう)ってどんな人?曹氏三代に仕え呉の天下統一を阻み続けた司令官
  • 「正史三国志」から見る曹操の性格とは?本当に冷徹な現実主義者?

    言わずと知れた「三国志」屈指の英雄、それが曹操(そうそう)です。しかし、曹操を悪役とする「三国志演義」の影響からか、どうしても曹操の評価は、優れた能力を持つ一方で極悪非道な「ダークヒーロー」的なものになってしまっています。 そこで、今回の記事では、「正史三国志」をもとに、物語的な虚飾を排して、曹操という人物の性格に迫っていきたいと思います。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの

    「正史三国志」から見る曹操の性格とは?本当に冷徹な現実主義者?
  • 中国史上有数の詩人曹植は、オカルトを信じない合理的で渇いたリアリストだった[真実の三国志]

    覇王曹操の息子にして、魏の文帝曹丕の弟、傑出した詩人としての名声を得ながら悲劇の最後を迎えたのが曹植です。その悲劇的な生涯と詩人というナイーブそうな印象のお陰で優しいロマンチストのように描かれる曹植ですが、 それは大間違いであり、史実の曹植は当に詩人?と思う程にシニカルなリアリストでした。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作責任者 お

    中国史上有数の詩人曹植は、オカルトを信じない合理的で渇いたリアリストだった[真実の三国志]
  • 曹叡(そうえい)とはどんな人?曹丕の息子で二代目魏の皇帝

    曹丕(そうひ)は曹操(そうそう)が亡くなると漢王朝を滅ぼし、皇帝となり魏王朝を建国します。彼は魏王朝を建国すると色々な政策を作り、王朝の安定に力を尽くします。しかし彼は若くして亡くなり、息子の曹叡(そうえい)が二代目皇帝に就任します。さて曹丕の跡を継いだ曹叡は一体どのような人物であったのか探っていきたいと思います。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

    曹叡(そうえい)とはどんな人?曹丕の息子で二代目魏の皇帝
  • 趙雲は2度も劉備の命を救っていた!関羽や張飛も嫉妬する劉備と趙雲の男の絆とは?[ネタ三国志]

    趙雲は蜀(221年~263年)の将軍です。 最初は公孫瓚の配下でしたが、彼の命令で劉備の軍に救援に赴いた時に劉備と知り合い以降は劉備の配下となります。劉備とは死ぬまで信頼関係で結ばれていました。 今回は正史『三国志』をもとに、劉備と趙雲の信頼関係を執筆します。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作責任者 おとぼけ(田畑 雄貴) PC関連プ

    趙雲は2度も劉備の命を救っていた!関羽や張飛も嫉妬する劉備と趙雲の男の絆とは?[ネタ三国志]
  • 蜀の王宮がある成都はとっても危険な場所だった!異民族や謀反が頻発した場所[真実の三国志]

    王や皇帝が住んでいる場所を帝都や王都と言います。 例えば蜀の帝都は成都という土地でした。帝都は支配者が住む場所なので軍事力で守られ一番安全な場所のように感じますが、蜀の帝都に限っていえば、かなりヤバイ場所だったようです。 監修者 kawauso 編集長(石原 昌光) 「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。 コンテンツ制作責任者 おとぼけ(田畑 雄貴) PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並

    蜀の王宮がある成都はとっても危険な場所だった!異民族や謀反が頻発した場所[真実の三国志]