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ブックマーク / note.com/papanda0806 (7)

  • 反復は上達を生む。再帰は進化を生む。|市谷 聡啓 (papanda)

    「繰り返し、反復的にやる」という言葉はアジャイルを手がかりにして、ごく一般的な表現になったと言えるだろう。たとえ今は正解が見えていない、ゴールまでの道筋がはっきりとしていないとしても、まずはやってみる。そうしたトライを繰り返す中で「勝ち筋を見出そう」というニュアンスが込められ、期待されている。 実際のところ、何のために反復の動きを取るのか、そこにどんな期待を寄せているのかは、確かめあったほうがよい。「同じ型・プロセスを繰り返す」「経験を積む」「結果として、手際が良くなる」どれも妥当な見方と言える。 ただし、一つ気付いておきたいことがある。多くの場合反復には、「正しい型が存在している」という前提が暗黙的に置かれている。 例えば型として、スクラムを採用する。ゆえに、スプリントに則り動く。スプリントプランニングから始まり、スプリントレビューで成果を確かめ合い、レトロスペクティブで次への橋渡しを作

    反復は上達を生む。再帰は進化を生む。|市谷 聡啓 (papanda)
    Ehren
    Ehren 2025/12/22
  • チームや組織の意図を表す「一枚デッキ」|市谷 聡啓 (papanda)

    チームや組織に必要なものは沢山ある。 目的や目標、つまり目指しているものが明確になっていなければ、先の見えない試行錯誤の時間が長く続くだろう。仕事を果たすために、専門性や経験が問われる。集団で何かを実現しようというのだから、うまく機能するための動き方も要る。 だから、こうした観点を補強しようとチームや組織としての改善の営みは果てしなく続いていく。改善のためのアイデアやナレッジは渇望され、重宝され続ける。 近頃、特に必要性を感じることが一つある。それは、「意図を表す」ということだ。意図を表せているか、意図をどのようにして表すか。ここが弱い、おざなりになっている、あるいは実は意図が存在していない、そんなチームや組織は営みに苦労することになる。 意図がどこかにあっても、その「意図を伝え合う手段」が貧弱だとやはり有効ではない。あるチームの意図が、ほかのチームからも見えるからこそ、2つのチームは機能

    チームや組織の意図を表す「一枚デッキ」|市谷 聡啓 (papanda)
    Ehren
    Ehren 2024/06/23
  • ナラティブ・チーム報 (輪番でチームの日報を書く)|市谷 聡啓 (papanda)

    同じものをみていても、あるいは同じ時間をともにしていても、どうみているか、どう感じているかは人によって違う。 だから、ふりかえりであるとか、その他のワークショップや場を設けることで、意識的に分かろうとする。考えをあわせたい場合もあるし、合わせるのではなく違っていることを分かるようにしておきたいという場合もある。いずれにしても「共通理解」を一定得る、時折得ることで、チームや組織の営みを良くする。 こうした「何に、何を感じているか」を表出するのが容易ではないときがある。表出する時間、合わせる時間が取れない。たとえその時間がチームとして取れたとしても、そのタイミングに必ずしも表出しきれるものでもない。 「思うこと」がもやもやとして、言葉としてまとめられない。「5分で付箋をあげてみましょう」な瞬発的な動きに合わせることができない。断片的な言葉でも挙げられるようなチーム、場であれば良いが、いつもそう

    ナラティブ・チーム報 (輪番でチームの日報を書く)|市谷 聡啓 (papanda)
    Ehren
    Ehren 2024/04/07
  • 自分から「自分」という主語を引き剥がして、観ることができるか|市谷 聡啓 (papanda)

    仕事アジャイルについて話すことが多いわけだが、その反応には様々ある。伝統的な組織で話などをさせて頂くと、ある種のステレオタイプ的なコメントが返ってくることがある。 「地に足がついていない感じがする。」 アジャイルといえばスプリントを繋いでいき、回転をイメージとして抱きやすい。その様はまさに、動的で、ともすると慌ただしく、くだんの足が地につかない感覚を想像するのだろう。その気持ちは分かる。 分かるので、そうですよね、ちょっと難しさがありますよね、といった具合で受け止めてきている。ただ、こうしていただく反応を積み重ね積み重ね、そっと自分の胸の奥にしまい続けてきて、一つの気づきにたどり着いた。それは「あなたの足のほうが地に根を下ろしすぎなのではないか」ということだ。単に嫌味を思いついたとかそんな話ではない。 こうした反応を返してしまうのは、自分から「自分」という主語を引き剥がすことが上手くでき

    自分から「自分」という主語を引き剥がして、観ることができるか|市谷 聡啓 (papanda)
    Ehren
    Ehren 2022/09/12
  • リアルに会って「思い込み」の答え合わせをする|市谷 聡啓 (papanda)

    「最初はリアルで会って話して、それからオンラインを始める方が良い」という説、どのくらい周りで聞きますかね。私の周りではまあまあ聞きます。 最初は、まあそうですねー、くらいの受け止め方をしていた。「リアルで話しておくと何か変わりますかね?」という質問に返ってくるのは「やっぱり最初はリアルで」といった感じで、要を得なかったからもある。理由ないじゃん。リアルの時代を懐かしみたい気持ちは分かる、くらいに考えていた頃が私にもありました。 この説は、そのとおりだと思う。 一回リアルで会っておくと、その後のオンラインでのコミュニケーションも潤滑になっている気がする。正確には、はじめましてから既にコミュニケーションが始まっている場合に途中でリアルでの会話を挟んでおくと、自分の思い違い、考え違い、捉え違いなんかがぽろぽろと剥がれていく。必要以上に入っていた肩の力が抜ける感じ。これって、正確に言うとなんなのか

    リアルに会って「思い込み」の答え合わせをする|市谷 聡啓 (papanda)
    Ehren
    Ehren 2021/07/26
  • ユーザーにとっての価値とビジネスとどちらを優先するべきか|市谷 聡啓 (papanda)

    先日のイベントで、プロダクトマネジメントにおいて「ユーザーにとっての価値とビジネスとどちらを優先するべきか。ユーザー価値よりビジネスを優先させるステークホルダーとどう付き合っていくべきか」といった質問を頂いた。 「退会の導線をあえてわかりにくくして、離脱防止を画策する」といった施策が、具体的な一例として添えられていた。 ・ユーザーとビジネスの価値、それぞれにおいて意見を徹底的に交わす。 ・たとえビジネスが選択されるとしてもユーザーの価値について主張を行うべき(そうした意見がなかったことにされるため)。 ・ユーザーとビジネスの2項対立ではなく「プロダクトの価値」に視座を昇華させて議論する。 といった見解が他の登壇者から述べられて、いずれももっともな内容だった。 退会の導線の件は見解が偏りやすい例としても、確かにビジネスとユーザーの2つの観点は直交することがある。ビジネス的な結果がでなければプ

    ユーザーにとっての価値とビジネスとどちらを優先するべきか|市谷 聡啓 (papanda)
    Ehren
    Ehren 2021/06/28
  • アジャイルなのか、ウォーターフォールなのか、再び|市谷 聡啓 (papanda)

    アジャイルなのか、ウォーターフォールなのか、という論争は場所によっては未だ活発で、その判断のヒントを求められることが少なくない。 ケースは2つ。1つは、今までウォーターフォールのみで開発を行ってきた伝統的な大企業がいよいよアジャイルを考えるという局面において。もう一つは、アジャイルの経験はないがウォーターフォールをとにかく滅ぼしたいと躍起になっている状況において。 前者においては、取り組もうとしていること、獲得したい成果によってどうあるべきかは変わるため、丁寧に考える必要がある。ああそうですか、では明日からアジャイルに取り組みましょう、というノリではない。 後者の場合は、頭に血が上り加減なので、アジャイルにやることが目的になっていることただ指摘したところで受け入れ難い。こちらは慎重に議論を行う必要がある。 つまり、どちらも手間はかかる。 2つのケースでの、説明の仕方を考えていて「確実性をど

    アジャイルなのか、ウォーターフォールなのか、再び|市谷 聡啓 (papanda)
    Ehren
    Ehren 2020/11/28
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