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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (16)

  • 生き物ではない者として - 傘をひらいて、空を

    ちょっと自慢話を聞いてもらえませんか。 このあいだ、○○さんと仕事したんです。ええそうです、よくご存知ですね、そんなに知名度はないんだけど、僕は昔からとても好きで、彼の書いたものはすべて読んでいます。雑誌に少し書いただけのものも追っている。若いころには「こういうのって恋愛みたいなもので、そのうち醒めるんだろうな」と思ってたんですけど、いまだに好きです。 他にも好きな作家はいるけれど、そういう感情がずっと続いたことはないな。○○さんが特別なんだ。 そうですか、あなたも○○さんの著作を読んでいらっしゃいますか、嬉しいなあ。 いや、業で○○さんのを担当したのではないんです。僕は編集者ではありますが、会社では違う分野のを作っていて、○○さんは、うちの会社で書かれている方ではないですし、接点はないんです。○○さんとした仕事は、いわば課外活動です。うちの会社は副業OKでして、外でを作ってもかま

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  • プリキュア・メカニカルハートのこと - 傘をひらいて、空を

    夏の休暇は旅行するの。あらいいわね。いつ戻るの。そしたら一日二日ヒマな日があるでしょう。帰っていらっしゃい。 母が珍しく強くわたしの帰省を要求した。その意図するところは明らかで、わたしが延々と物置がわりに使っている昔の子ども部屋を片づけろ、との命である。 いくらなんでもそろそろ部屋を空にしなさいと言われ続けてはや数年。わたしは重い腰を上げ、故郷と言うほどには離れていない生家に向かった。ちょうどいいといえばちょうどいい。わたしたちのプリキュアを発掘してこよう。 先日、従姉が入院した。たいした病気ではないそうなのだが、生まれて初めての手術を控えていたからか、それとも年を重ねたからか、ちょっとばかり弱気になっていて、見舞いに行くと昔話をたくさんした。あのときは楽しかったね、と何度も言った。 あのときとは、従姉の母親、わたしの伯母の通夜の日のことである。 そのとき従姉は大学生で、いかにも気丈に来客

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  • 恋愛より特別なこと - 傘をひらいて、空を

    わたしが一緒に住んでいる女は恋人ではない。 でもない。であればラクだとは思う。お互いのオフィシャルな緊急連絡先になって、どちらかが入院したらもう片方も病室に入れて、先に死んだほうの遺産が残ったほうに自動で行く。いいなあ、めちゃくちゃラクそう。 でもわたしたちは結婚することはできない。わたしたちはどちらも女である。 わたしたちは互いの稼ぎを持ち寄り、住居の確保から家事の分担まで二人で意思決定し、生活をともにしている。相手がいなくなったら生活を立て直さなくてはいけない。そういう相手を何と呼ぶのかと、同居人でない別の友人に訊いたら、パートナーじゃん、との回答が返ってきた。 わたしは反論する。いやそれは籍を入れてないカップルの呼び方でしょ。わたしたち恋愛してないから。する予定もないから。 そもそも恋愛や性愛がパートナーシップにくっついてくるのが、変だと思うんだよねえ。友人はそのように言う。相互

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  • だって他人だもん - 傘をひらいて、空を

    上司がビールを注文した。わたしは咄嗟に目を伏せ、その目を左右に泳がせた。隣の後輩とがっちり目が合った。彼もまた目を伏せてそれを泳がせていたのである。 今日は会社の近くで飲んでいた。わたしは様子を見て一次会でおいとました。駅に向かって歩き出すと、先ほど目があった後輩が追いついてきた。 彼は言った。あの人、飲むんすね。わたしも言った。飲むんだね。びっくりしたわ。 上司は先月、会議中に倒れた。発見が遅れたら死んでもおかしくなかったそうだ。人があとからそう言っていた。人がいるところで倒れたのがよかった、というのもなんだが、しかしよかったのだ、迅速に病院に運ばれて、死なずに済んで、すぐに会社に出てくるほど回復したのだから。 この上司の不摂生は有名だった。今どき珍しいくらいよく飲む。翌日が平日でも終電を超えて飲む。短めの二次会までは普通の飲み会である。最初からよく飲む人だが、その後は飲み方がより激し

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  • コンテンツ必要ない系の人々 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしに新しい出会いの機会がなくなった。恋愛の話ではない。仕事のコネクションとかの話でもない。友人知人の話である。わたしは知らない人と新しく知り合うのがとっても好きなのだ。利害関係も色恋沙汰もないところで雑談がしたいのだ。そうして「人間はみんなちがう」と思う、するとなんだか安心する。これができないとなんだか世界が平板になった気がしてうそ寒く落ち着かない。知らない人としゃべりたい。 その欲求にこたえたのはもちろんインターネットである。ウイルスが載らないコミュニケーション手段。知らない人もうようよしている。知り合うとっかかりとしては趣味がもっともやりやすい。わたしは小説やマンガの話ができる相手を探し、気の合う仲間を手に入れた。めでたし。 めでたしなのだが、彼らのある種の性質にわたしは少々困っている。 小説やマンガの

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  • 女の子であること - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためによその家族と一緒に近場の温泉に行くのは二年ぶりである。 わたしには子がおらず、子どもの相手をするのはわりに好きだ。友人には子が三人いて、上から六歳、四歳、二歳である。友人の配偶者は子育てをしない。それで子連れの小旅行に出るときにはわたしとわたしのパートナーが一緒に行く。 温泉に入る。友人の真ん中の子は男の子なのでわたしのパートナーが男湯に連れていく。あとは女湯に行く。友人は二歳の子の面倒を見、わたしはわりと手のかからない六歳の相手をする。二年見ないうちにとても大きくなったし、言葉遣いなんかもだいぶしっかりした。お湯の準備をこまごまとして、「よし」というふうにうなずく。そしてわたしを見上げてはっと固まる。 どうしたのと訊くと小さい声で「ユカリさんは……女の子だ」と言った。わたしは服を脱いでおり、子どもの視線はわた

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  • 母の死に目に会えないだろう - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。だから僕はそれ以来母に会っていない。 僕が母と呼ぶのは養母のことである。実母は僕を産んですぐに亡くなった。もちろん記憶にはない。 血のつながりというものがどれほど強いのか僕にはわからない。僕は父とは血のつながりがあって母とはない、そいういう家庭で育ったわけだけれど、父母のどちらかだけを物の親だと思ったことはない。 父は僕と子ども同士のように遊ぶばかりの(今にして思えば)子育ての実務の役に立つことのない人だったし、父の威厳みたいなものもぜんぜんなかった。母は母でずいぶんと(当時にしては)進歩的な考え方の、なかなかのインテリで、高校の教員をしていて、当時のティピカルな母親像みたいなことをやってくれる人ではなかった。おかずはだいたいスーパーかデパ地下のやつで、僕はそれを親たちと一緒にべて大きくなったのである。 そんなだから

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  • わたしの弟はワクチンを打たない - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。最初の通達から一年あまり、何度目かの通達のさなか、疫病のワクチンが提供されはじめた。それで全員が打つかといえば、そうではない。わたしの弟は打たないという。そして、わたしはそれを責めることができない。 弟は東京で一人暮らしをして、アルバイトで生計を立てている。今日働かなければ来月の家賃があやうい。運も悪かったし、弟の思慮が足りないところもあったと思うのだけれど、とりあえず自分で生活はできているのだし、人に大きな迷惑をかけているわけでもなし、責められるようなことではない。 わたしはそう思っているのだが、両親は「恥だ」と思っている。自分たちの助言をふいにして大学進学をせず、夢みたいなことを言っておかしな企業に就職してすぐに辞めてその日暮らしをしている、そんな浅はかな息子は心配するのも癪だと、そういうふうに思っている。 そうはい

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  • 慰めのリザーブ - 傘をひらいて、空を

    そういうわけで会社を移るの、と友人は言った。そりゃあいいねと私はこたえた。私たちはいわゆる就職氷河期世代で、「職場はときどき移るもの」くらいの感覚を持っている。新卒の就職状況がなにしろひどかったので、ぼけっとしていたらい扶持を稼げなくなるという意識が根強い。同世代の友人に資格職と外資系と公務員がやたら多く、ほとんど全員が転職を経験している。生まれた時代のせいである。 私たちはもう四十を過ぎたが、同世代の友人のほぼ全員が現役で何らかの勉強をしている。高尚な意識をもって努力しているのではない。生まれた時代のせいで「いつも戦って新しい武器を研いていなくてはそのうちえなくなる」と思い込んで、それで勉強しているのである。新卒の就職でつまずいて連絡を絶った昔のクラスメートが今なにをしているかわからない、生き残った自分たちだって今後どうなるかわからない、そういう意識が消えない。だから勉強するし、行動

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  • セフレですよ、不倫ですよ、ねえ、最低でしょ - 傘をひらいて、空を

    仕事の都合で別の業種の女性と幾度か会った。弊社の人間が、と彼女は言った。弊社の人間が幾人かマキノさんをお呼びしたいというので、飲み会にいらしてください。 私は出かけていった。私は知らない人にかこまれるのが嫌いではない。知らない人は意味のわからないことをするのでその意味を考えると少し楽しいし、「世の中にはいろいろな人がいる」と思うとなんだか安心する。たいていはその場かぎりだから気も楽だし。 彼らは声と身振りが大きく、話しぶりが流暢で、たいそう親しい者同士みたいな雰囲気を醸し出していた。私を連れてきた女性はあっというまにその場にすっぽりはまりこんだ。私は感心した。彼女は私とふたりのときには同僚たちに対していささかの冷淡さを感じさせる話しかたをしていた。 どちらがほんとうということもあるまい。さっとなじんで、ぱっと出る。そういうことができるのである。人に向ける顔にバリエーションがあるのだ。私は自

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  • メイクと実存 - 傘をひらいて、空を

    年に一度、友人にメイクを習いに行く。友人は何段にも分かれたメイクボックスを持っていて、いくつかの色をわたしの顔にあてる。彼女は眉の描き方を修正し、アイカラーとアイライナーを変えて塗り方を教示し、新しいアイテムとしてハイライトをわずかに使うことを提案して、実際に塗ってくれた。 わたしは彼女の指示をメモする。彼女がつくってくれた「今年のわたしの顔」を撮影する。彼女はアイカラーをふたつくれる。いくらでも買っちゃうから、もらって、と言う。メイクボックスの薄べったい抽斗に目をやると、ずらりとアイカラーが並んでいる。必要があってこんなに買うのではないの、と彼女は言う。だからあげても問題はないの。コスメを買いすぎるのはね、実存の問題ですよ。 実存の問題、とわたしは言う。実存の問題、と彼女も言う。そうしてぱたりとメイクボックスを閉じる。 わたしは母の鏡台を思い出す。父方の祖母のお下がりで、ものすごく古かっ

    メイクと実存 - 傘をひらいて、空を
  • シンデレラボーイの妻 - 傘をひらいて、空を

    夫のことをよく知らない。 夫と知り合って十五年、結婚して十二年になる。わたしは夫の仕事の内容や給与や日常のルーティンやべ物の好みを知っている。何に対してセンシティブで何について無関心かだいだい把握している。暇になるとすることのパターンもわかっている。小学生の息子に対する教育方針を話し合う過程で新しくわかることもある。夫婦の会話は多いほうだと思う。 夫は繁忙期だけ帰りが遅い。この時期は夜半まで帰らない。息子が宿題の話をする。自分のルーツを知る、というような宿題が出ているのだという。ルーツ、とわたしは思う。 そして思い出す。わたしは夫の過去を知らない。夫の親や親族に会ったことがない。夫の古い友だちに会ったこともない。それどころか新しい友だちにも。わたしは夫のことを、実は知らない。わたしと一緒にいるのではないときの、夫のことを。 そんなことって、あるんですか。友人が言う。あるんですとわたしはこ

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  • 生徒会長から雲をもらった話 - 傘をひらいて、空を

    西脇くんは生徒会長でわたしは書記だった。中学生のころのことだ。わたしたちは素直ないい子で、クラスで推薦されて先生からもやってほしいと言われて全校生徒の前で選挙に出て生徒会をやっていた。わたしはピアノが得意で芸高の受験準備をしていた。西脇くんは進学校に行くつもりであるらしかった。わたしたちの中学校はどちらかといえばガラの悪い下町の公立校で、わたしたちはだから、相対的に優等生だった。 西脇くんは背の高いがっしりした男の子で、もじゃもじゃの髪を中学校の校則ぎりぎりまでのばしていた。黒縁のめがねをかけていて、そのめがねは上等のものだった。わたしは工芸に詳しくなかったけれど、それでもわかった。 そのめがね、いいね。わたしが言うと西脇くんはそれを外し、制服の裾でていねいに拭いて、見る、と言った。わたしはありがとうと言ってそれを見た。一見ふつうの黒いフレームのめがねだったけれど、流麗なフォルムをしていた

    生徒会長から雲をもらった話 - 傘をひらいて、空を
  • 「生んでくれてありがとう」 - 傘をひらいて、空を

    生んでくれてありがとう。 息子が言う。保育園の卒園式のことである。子どもたちがひとりひとり保護者にメッセージを伝える。なにぶん六歳だ。自分だけで考えたら、要領をえない、しどろもどろの、あるいは日常的な発話になる。でも式典はスケジュールが決まっているから子どもたちはひとことずつしか口にできない。順番に、滞りなく、全員が、みじかい決め台詞を言う。そういう場だから、文言はだいたい決まっている。「送り迎えしてくれてありがとう」というのがもっとも多い。その中でわたしの息子は「生んでくれてありがとう」と言った。 わたしは反射的に口を手で押さえる。その手をスライドさせて目の下と鼻と口を覆う。表情の細かい伝達を隠し、かつすごく感動しているように見える姿勢をつくる。隣のママ友が言う。まあ、なんてこと言ってくれる子かしら、こっちまで泣いちゃう。ほどなく園児たちはそれぞれの親のところへ行く。わたしはめいっぱい嬉

    「生んでくれてありがとう」 - 傘をひらいて、空を
  • 教養がないとはどのようなことか - 傘をひらいて、空を

    私の勤務先では人事部だけが採用活動をするのではなくて、現場の人間が面接を担当する。面接官は通常二人組で、このたび私を指名したのが篠塚さんである。篠塚さんは言う。僕、教養がないんで、面接でその手の話になったときにはよろしくです。 篠塚さんは私よりいくらか年長の男性で、職務上の能力がとても高い。専門知識を常時アップデートしている。ものの言い方が率直すぎて誤解を招くことがあるが、内容はおおむね正論である。基的に誰にでも親切で骨惜しみをしない。イギリスで修士号を取ってから就職したと聞いている。 教養とはこの場合、何のことでしょうか。私が訊くと、篠塚さんは明快に(だいたい明快な人物である)答えた。文学とか芸術とかです。マキノさんそういうの好きでしょ。 私はたしかに小説を読み美術館に行くが、それを教養と呼ぶのか。好きなものを好きなように摂取しているだけではないのか。篠塚さんは言う。僕、仕事関係以外の

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  • 「重いって言われたくない」反対運動 - 傘をひらいて、空を

    だって、そんなこと言ったら、重いでしょう。 彼はそう言った。よく聞くタイプのせりふだ。「仕事内容が重い」などとは異なる用法である。人間関係において相手に過剰な精神的負荷をかけることを指すようだ。そうして、重いという語は、負担というよりもうちょっとあいまいな領域を指すものらしい。若い人のほうがよく使用する気もするが、若者言葉という感じはしない。使用対象は色恋沙汰の相手がいちばん多くて、次に家族、友人などにもまれに使う。 親密な、あるいは親密さが期待される人間関係において、相手の中で自分の存在がどのようなものかを推し量り、相手の想定範囲内での手間暇しかかけない者であろうとすること。私は内心で「重い」をそのように定義し、ふーん、とつぶやく。彼は少しだけ嫌そうな顔をする。私がいかにもどうでもよさそうな声を出したからだ。私はもっと嫌な顔をしてほしくて、わかんない、と宣言する。 私にはわからない。相手

    「重いって言われたくない」反対運動 - 傘をひらいて、空を
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