(2011年12月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) 今回の金融危機では過去の歴史との比較がいくつか行われている。特に引き合いに出されるのは1930年代の大恐慌だ。筆者はユーロ圏危機について、別の比較をしてみたい。1618年から1648年にかけて欧州の中央部を荒廃させた三十年戦争である。 ユーロ圏危機もあのおぞましい戦争も、パワーシフト(勢力の転移)が突然生じる中で起こった。どちらも一見大したことのない事件が引き金となり、信じられないほど複雑な状況に発展した。 地域内のパワーシフトが突然生じたことも共通している。1618年以前の神聖ローマ帝国は、新教派(プロテスタント)の選帝侯と旧教派(カトリック)の選帝侯によってほぼ2等分されていた。ところが1617年、7人の選帝侯の一角を占めたボヘミア王にカトリック教徒のフェルディナント2世が即位すると、勢力のバランスが崩れた。 実際の戦争はその
今から30年後、人々はきっと現在のイギリスを振り返って、あの時代のイギリス最大の問題は「ヨーロッパとの付き合い方」だったね、と言うことになりそうだ。 僕が言うこの場合の「ヨーロッパ」とは、EU(欧州連合)のことだ。地理的にはイギリスは明らかにヨーロッパに位置するが、島国のイギリス人として僕たちは、まるで自分たちはその一員ではないかのように大陸ヨーロッパについて語る。概して僕たちは、EUについても「あちら」のことだと考えがち。イギリスがその一部だという意識はあまりない。 イギリスが「ヨーロッパ」に参加したのは1973年。40年近く前で、僕はまだ幼児だった。だが参加を何年もためらっていたことからも分かるように、イギリス人のヨーロッパに対するどっちつかずの態度は、1973年以前から続いていた(イギリスの最初の参加申請は、1963年にフランスによって否決された)。 ヨーロッパとどう付き合うかという
ALEX Salmond has written to the Prime Minister accusing him of damaging Scotland’s interests in Europe and “blundering” into the controversial move to veto European Union treaty changes. But the First Minister came under fire from a leading Tory MSP for refusing to say whether an independent Scotland would have signed the controversial treaty imposing strict budgetary rules on eurozone nations. Th
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