前回、中国での滞在に少し触れたが、そういえば、中国ではこわい思いをしたことがある。といっても、宿舎で強盗騒ぎがあって、駆けつけた警官が5時にみんな帰ってしまった時のことではない。行くなと言われていた通りの道ばたに注射器を見つけたことでもない。家内が自転車で走っている最中にリュックの財布を盗られたことでもない。 それはA大学のA先生の研究室を訪問することになり、約束どおりの時間に、A先生の研究室のドアをノックした時のことである。 “請進(チンジン)!” と、怒号のような厳しい声が中から聞こえてきて、私はドアの前で凍りついた。 いま「お入りください」と言った声はまぎれもなくA先生。まさか、あの温厚なA先生がこんな風に怒鳴られるとは。部屋の中ではなにか大変なことが起きていて、それで怒りにまかせてあんな声を出されたに違いない。これは、どうだろう。「お入りください」とは仰ったものの、いま自分が入って
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