■きのう、平井玄さんの『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』が「労働市場の本質にたどりつけずに、結局階級構造=国体の護持に 動員されている 社会学者/経済学者/教育学者への挑発である」と のべ、その挑発内容を、テーゼ風に あげたおいた。■それは、きのうあげた項目だけにかぎらない。たとえば、方法論上の痛烈な批判も、本書にはいろいろちりばめられている。 ■たとえば、平井さんは、経済学者や社会学者による「フリーター」論の大半が、非常に機械的で、実態解明に適さないアンケート調査などにおわっていると、指摘する。 私の知るかぎり、論者たちの間で「誰がフリーターになるのか」とその前提を問うことから語り始めた者は他に一人もいない。経済学者たちはまず内閣府や厚生労働省によるニートやフリーターという言葉の一方的な定義を鵜呑みにして、その統計数字の操作と解釈を通して語る。そこには、政府機関による言葉の使用法がた