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ブックマーク / d.hatena.ne.jp/zoot32 (129)

  • 2008-01-31 - 空中キャンプ

    「明烏」(あけがらす)という落語は、うぶな青年をはじめて遊郭へ連れていくというあらすじで、「エエ、男子と生まれて御婦人のお嫌いな方は御一名もない。御婦人だってそうですな。男がなかった日には、あのくらい詰まらないものはなかろうとおもいますが…」というイントロダクションからはじまる。このように決めつけてしまうと、ブロークバック・マウンテン方面からの反論もあるだろうから、「男子と生まれて御婦人のお嫌いな方は御一名もない」はいささか適切さに欠ける。しかしまあ、そこは大意として、「誰にだって欲望はある、それを肯定しよう」ととらえてほしい。「明烏」は、欲望を積極的に肯定していこうとする物語である。 考えてみれば、「欲望を肯定する」というのは、わりあいにむずかしい問題である。「明烏」がそうであるように、まさしく男女の関係は欲望のやりとりであり、ゆえにその取り扱いがむずかしい。欲望をあからさまにするのはど

  • 2008-01-25 - 空中キャンプ - 「思春期ポストモダン」/斎藤環

    斎藤環新刊(幻冬社新書)。とても理解しやすく、また興味ぶかく読むことができました。著書名もいい。なかなかそそられるタイトルである。ちょっと椎名林檎っぽいしね。これに限らず、斎藤は著書のネーミングセンスがいい。「メディアは存在しない」「若者のすべて」「生き延びるためのラカン」等、書店でタイトルを見ただけで「読んでみたいなー」とおもわせるものが多い。副題は「成熟はいかにして可能か」であり、斎藤のメインフィールドであるひきこもりを題材にしながら、思春期や成熟といったテーマについて論じている。 思春期や成熟というのは、斎藤がくりかえし取り上げているテーマであり、やっぱり斎藤は「思春期」がすきなんだろうな、と想像してしまう。わたしも思春期がすきである。なぜなら陰でしんどくて救いがないから。いやだったなあ、思春期。治りかけのかさぶたをつい剥がしてしまうように、思春期はいつもじくじくしていた。そんな時

  • 「死刑」/森達也 - 空中キャンプ

    すばらしいでした。「A」「職業欄はエスパー」に比肩するクオリティを持った、森達也のあらたな代表作のひとつだと感じた。死刑という、判断がどこまでもむずかしいテーマを扱いながら、「他者を想像する」とはいったいどういうことなのか、何度も立ち止まっては悩む、森の真摯な姿勢に胸がふるえました。読み終えておもう。彼のいうとおり、世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい。だからこそ、他者を想像する営みだけは決して忘れたくない。きっとこのは、死刑制度について考察されたテキストであると同時に、他者という豊かな、かつ不可解な存在をどうやって想像していくか、その試みのためのテキストでもある。 わたし自身がこの先、司法から死刑を宣告されることはおそらくないとおもう。わたしはたぶん、死刑にならない。わたしが死ぬのは、病気かも知れないし事故かも知れない。父親は脳腫瘍で死んだから、わたしにも同じ病気が起こる可能性はあ

  • カート・ヴォネガットの「品川心中」 - 空中キャンプ

    このすてきな惑星には、男と女という二種類の生きものがいて、おおよそ男は79年、女は86年ほど生きることができる。宇宙の創造主がお染に与えた時間は、あと56年と8ヶ月ぶん残っていたが、お染には、残り時間を有効に活用しようという意志がなかった。なぜなら、生まれてからあるていど時間の経ってしまった生きものには、あまり価値がないというしきたりが、この惑星にはあったためである。彼女は、自分が生物としていちばん輝いている時間をすでに終えてしまったと考えていた。お染の職業は芸者だった。若い芸者たちが、自分のクライアントを次々に奪っていった。芸者とは、現金と引き換えに、しばらくのあいだ、歌や踊りや会話で男を楽しませる職業である。 残り時間を使い切るのがめんどうになった者には、自分のスイッチを切るという方法があった。みずからスイッチを切るのは、よくないことだといわれていたが、この惑星では、毎日たくさんの人が

  • 爾来、汝はひょっとこの如し - 空中キャンプ

  • 「坊っちゃん」/夏目漱石 - 空中キャンプ

  • なぜ福袋は売れるのか - 空中キャンプ

    初売りのセールで働いている、アパレル関係の方たちの意気込みにはすごいものがあり、たしかに2日から仕事ともなれば、あのテンションじゃなきゃやってられないのだろうし、一年でいちばん忙しい日だからこそ、販売員の魂にも火がつくのであろう。売る気まんまんである。「いらっしゃいませー」の声がいくぶん咆哮に近い。スクリーム。そうしてがんばっている人を見るのは、いかにも正月らしく威勢がいいものだ。デパートはどこも、ちょっとしたお祭りである。精算するのにも列ができていて、レジに辿りつくのに25分待った。を持ってきておいてよかった。 しかし毎年の疑問ではあるが、なぜ福袋はあれほどに人気なのだろう。たいていどの店も福袋を準備しており、開店早々になくなっていくのだが、中身がなにかわからないものに対してお金を払うというのも、考えてみればふしぎな話だ。そんなあやしげな商売の手法が、正月限定で成り立っているのである。

  • 2007-12-26 - 空中キャンプ

    近所のスーパーで、すすめられるがままにポイントカードを作った。支払額の数%がキャッシュバックされ、それがカードにたまっていくのだという。たまったポイントは、いつ使っても自由。レジのおばちゃんがにこにこしながら、「とってもお得なんですよー」という。あはは。じゃ、僕も1枚。申し込むと、カードはすぐに発行された。先日など、ポイント5倍デーという日にたまたま足を運んだものだから、2,000円ていどの買いものに対して、150円くらい返ってきてしまった。わーい、などとよろこんでいる場合ではない。よく考えてみると、わたしがこのスーパーで、何月何日に、どのような商品を買ったのかというデータはすべて履歴として保存されているのだ。それに気がついたとき、しまったとおもった。 もしたとえば、わたしがなんらかの原因で行方不明になり、財布だけが発見されたとすれば、当然、警察は該当のスーパーに照会をかけ、ポイントカード

  • 2007-12-23 - 空中キャンプ

    みなさんお元気ですか、空中キャンプを書いている者です。 さて、みなさんの2007年はいかがだったでしょうか。わたしはさほど変化のない、いささか地味な一年でしたが、それはいいことなのかも知れません。よくもなし、わるくもなし。その、プラマイゼロ感が。もちろん、07年が節目になった方もいらっしゃるでしょうから、そうした方はさらに上昇していっていただきたいです。わたしも、来年はちょっとだけしあわせをつかみたい。しあわせは、なにげに手にいれたいね。 さて先日、07年の映画についてのアンケートをおねがいしました。それらをもとに、今年の映画でいちばんおもしろいのはなんだったのか、ふりかえってみたいとおもいます。あらかじめ、みなさんにおねがいしたアンケートは、このようなフォーマットでした。 名前(id、もしくはテキトーな名前)/性別 2007年に劇場公開された映画でよかったものを3つ教えてください 2で選

    2007-12-23 - 空中キャンプ
  • オーディエンス - 空中キャンプ

  • 空中キャンプ - 禁止されること、後悔すること

    わたしは映画を見るために、よく歌舞伎町へいくのだが、あのあたりには三店のマクドナルドがあって、いつもたくさんの人が並んでいる。きっと、テイクアウトしたハンバーガーを映画館に持ち込むのだろう。看板に書かれた、赤地に黄色のMマークをなんとなく眺めながら、あのふしぎな国際企業について、わたしはいろいろと考えていたのだった。マクドナルドってへんな会社だよな。というのも、誰ひとりとして、マクドナルド製品が「健康的である」とは認識していないからである。あの店に並んでいる人はみな、これから口にする品がからだによくないことをじゅうぶん承知している。ことによると、マクドナルド社は、自社製品が「からだに悪い」と認識されることを、むしろ「ビジネス的にはプラスである」ととらえてはいないだろうか。なんだかそんな気がしたのである。 アルコール中毒者のための自己診断には、このような項目がある。「今までに、自分の飲酒に

  • 2007-12-12 - 空中キャンプ 2007年の映画をふりかえる

    こんにちは、お元気ですか。空中キャンプを書いている者です。 そろそろ今年も終わりが近づいていますが、みなさんは年末らしいことをされていますか。わたしも、年の瀬感をだすために、こたつを買おうと考えているのですが、懸案のこたつ購入にはいまだ踏み切れていません。お金がないわけじゃない。でも、なんかめんどくさくてさー。いざ買おうすると、どうも億劫になってしまって、来週こそ買おう、次の日曜こそ買おう、と弱々しく決意する、そのくりかえしです。あるじゃない、体重計とかさ、買おうとおもいつつ、買うタイミングがつかめないものって。わたしはこたつ購入を先延ばしにしたまま、いずれ春を迎えてしまうのではないかと不安です。このままで年の瀬はやってくるのか。しかしわたしには、12月にひとつだけおこなう定例行事があります。こっちは年の瀬感たっぷり。それが「2007年の映画をふりかえる」です。 これは、その年におもしろい

    bassai718
    bassai718 2007/12/13
  • 空中キャンプ - 未成年が、こっそりたばこを買う権利

    ずいぶん前になるが、「運転免許証をIDとして使用し、たばこを買う自動販売機」を試験的に導入した地域があるというニュースをきいたことがある。その自動販売機では、運転免許証を使わないと、たばこが買えないのだ。未成年の喫煙を防止するためだという。なんか、いやだなあとおもった。わたしは喫煙をしないため、基的には関係のないことなのだが、それでも、これが全国的にひろがるのはいやだとおもった。 この問題がやっかいなのは、では、この自動販売機を導入することで、なにが失われるのか、とかんがえると、それはたとえば、「未成年が、こっそりたばこを買う権利」ではないかということになりかねない点だ。そんなばかな権利はない、といわれれば、反論のしようがない。今、改札を携帯で通過できるシステムもひろがっている。駅の利用が個人認証化されているわけだが、もしわたしが、そうした流れに対して、「こうなんでも機械で管理されると、

  • たまごかけごはん - 空中キャンプ

    bassai718
    bassai718 2007/12/01
    たまごかけごはんは毎朝かかせません
  • デリカシー - 空中キャンプ

    なにしろデリカシーはたいせつである。この世の中、なにがいやって、デリカシーのないやつだとおもわれるのは、いちばんいやだ。よってわたしも、「デリカシーだいすき!」「はい、デリカシーいっちょう」という殊勝な気持ちで日々をすごしていくようにしているし、あらためて世間を見回してみても、むしろデリカシーのない人を見つける方がむずかしいとすらいえる。触れてはいけない話題、そっとしてあげた方がいいこと。そうしたイシューには、きめこまやかなデリカシーを持って臨む。それがきちんとしたオトナというものだ。 たとえば、あなたの職場にゾンビの新入社員が配属されたとする。そこでデリカシーのない人は、ゾンビへのあいさつもそこそこに、「あの、からだのいろんなとこから、膿がでちゃってますけど」とか、「男性の人肉と女性の人肉って、やっぱり味が違うものなんですかね?」等のくだらない質問をしてしまう。あー。これでは、いくらゾン

  • 「のはなし」/伊集院光 - 空中キャンプ

    伊集院光のエッセイ80をまとめた新刊。いやー、これはおもしろい。声だして笑ったなー。職のモノ書きでも、ここまで笑える文章を書ける人はなかなかいないのではないだろうか。太田光もラジオで絶賛していましたが、たしかにこれはいい。渋谷パルコではさっそく平積みで売っていて、わたしはパルコでこのを買ったけど、あのおしゃれな空間は伊集院というキャラクターにまったくそぐわなくて実によかった。気がつくと、なんだかあっという間に読了してしまった。 このエッセイは、携帯電話会社がメールマガジンとして配信していた素材をまとめている。「週三回の配信、一度につき400字以上」というのが、連載の条件だったという。考えてみると、これはかなりしんどい。伊集院は、この連載を750回ほど続け、その中の80をよりすぐって一冊のにした。すごいよね、週三回のペースで750回続けるというのは(月に13回と仮定して、58ヶ月=

  • 空中キャンプ - できるよ征服!

    いぜん、営業の仕事をしていたころ、当初わたしはほんとうに契約が取れなくて、仕事を辞めさせられるのではないかとはらはらしていた。このままでは、ひとつも契約が取れないまま、強制的に退社させられてしまうのではないだろうか。いったいこんな調子で、給料をもらったりしていいのかしら。その後、試行錯誤あり、しだいに契約を取れるようになっていったが、かんがえてみれば、べつにこれといった技術を身につけたわけではなかった。なんかこう、営業スキル的なものをね。ただ、「ふつうにやっていれば、月に3件くらいは取れるよなあ」ということがイメージできるようになった。それだけは変わった。月を通してやれば、すくなくとも3件は反応があるだろうということが、きちんとイメージできるようになったし、そのていどなら自分にもできるとおもえるようになった。そうした自己イメージに従って動くことができるようになったのである。 しかし、月に3

  • 2007-10-10 - 空中キャンプ

    いい文章を書きたいのであれば、書き終えてから、あるていど時間を置いて読み直すといいとよく言われる。これは誰にとっても納得のいく方法だとおもう。時間を置くことで、客観的に文章を眺めることができるし、意味の伝わりにくいところは推敲できる。なにより文章ぜんたいをクールダウンできるから、時間を置き、推敲を通したテキストはより論理的で端正になる。 しかし、わたしはこの方法がどうも苦手だ。時間を置くと、いったいどうしてこんな文章を書いたのか、自分でもよくわからなくなってくるし、なにをおもしろいとおもって書いたのか、いまひとつおもいだせなくなってしまう。もちろん、文章を書き直すことで、感情の入りすぎていた部分は削られて、気持ちだけが空回りしていた言葉は、もっと別のフレーズに置き換えられる。だからこれはきっといい文章なのだ──すくなくとも、推敲前よりはずっと。でも、このテキストっておもしろいのかな、とわた

  • 2007-10-06 - 空中キャンプ

    ふと、「カレーべたいな」とおもいたって、スーパーへ買いものにでかけるようなタイミングがある。カレーを作るぞ、というつよい意志に導かれて、スーパーへと向かうわけである。しかし、そこでどうにもてれくさいのは、かごに放り込んだ材のラインアップだ。カレールーにくわえて、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、肉、福神漬。これらをレジに出すのがとても恥ずかしいのである。まるわかりじゃないか。かごの中には、わたしの欲望がつまっている。心なしか、レジ係の人が口の端でわらっているような気がしてきてしまう。 「おや、今日はカレーですか。あなたはいかにもカレーが好きそうな顔をしていますね。皿までなめそうな感じがしますよ。さあ、この材料を持ってかえって、鍋いっぱいに作るといいでしょう。あっ、ごはんは三合ていど炊くといいかも知れませんね。なにしろ、腹ぺこ君なんでしょうから…」などと、すっかり侮蔑されているようだ。いい

  • 空中キャンプ - スラヴォイ・ジジェクの映画教室