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ブックマーク / synodos.jp (19)

  • 演劇の「感動」はどこからくるのか――『わが星』から『わが町』のむこうへ/水谷八也 - SYNODOS

    ちょうど1年前の今頃、三鷹市芸術文化センター星のホールと小豆島高校体育館特設ステージを約1カ月にわたり満員にし、約9000人を動員した劇団ままごとの『わが星』(作・演出:柴幸男)。2009年の初演時から評判を呼んだ作品だが、再演のたびに観客を増やしている。全編ラップミュージックに彩られた『わが星』は、いわゆる愁嘆場などないのだが、すすり泣きどころか号泣する観客が続出。「芝居じゃ泣かない」というちょっとひねた人でもハートがきゅっとする感覚に襲われたはずだ。「いやあよかった、いい体験した」で十分ではあるのだが、もうちょっと踏み込んでみると、演劇のまた別の面白さが見えてくる。ソーントン・ワイルダーの戯曲『わが町』(『わが星』の下敷きになった)の翻訳・上演台を手がけた水谷八也氏が、両者を比較しながら、「演劇にしかできないこと」を考察する。 第54回岸田戯曲賞を受賞した柴幸男の『わが星』の初演は

    演劇の「感動」はどこからくるのか――『わが星』から『わが町』のむこうへ/水谷八也 - SYNODOS
  • 男女同数の最終候補作から見えてくるもの――第64回岸田國士戯曲賞予想対談/山﨑健太(演劇研究・批評)×田中伸子(演劇ジャーナリスト) - SYNODOS

    男女同数の最終候補作から見えてくるもの――第64回岸田國士戯曲賞予想対談 山﨑健太(演劇研究・批評)×田中伸子(演劇ジャーナリスト) 文化 去る1月、第64回岸田國士戯曲賞(白水社主催)の候補作8作品が発表されました。岸田戯曲賞は、若手劇作家の奨励と育成を目的として設置され、新人劇作家の登竜門とされることから「演劇界の芥川賞」とも呼ばれます。選考会および受賞作の発表は2月13日です。(企画・構成 / 長瀬千雅) 山﨑 僕にとっては5回目の予想対談になりますが、今回は予想の前に、なぜこれをやっているかをもう一度確認しておきたいと思います。 田中 はい。 山﨑 受賞作の予想対談という形をとっていますが、ここでやっていることは基的にふたりが戯曲をどのように読んだか、また、その中で何を評価するのかを言語化する作業だと思うんです。 岸田賞は受賞作の出版に合わせて選考委員による選評は公開されますが、

    男女同数の最終候補作から見えてくるもの――第64回岸田國士戯曲賞予想対談/山﨑健太(演劇研究・批評)×田中伸子(演劇ジャーナリスト) - SYNODOS
  • つくられないと、衰退していくんです/演出家・いのうえひでのり氏インタビュー - SYNODOS

    1980年の旗揚げ以来、演劇にマンガと活劇とロックを持ち込み、独自のエンターテインメントを築き上げてきた劇団☆新感線。小劇場のにおいを残したまま商業演劇の一角を担う劇団へと成長した、稀有な存在だ。主宰のいのうえひでのりさんに、演劇的なルーツや先行世代への思い、日の演劇をめぐる状況について話を聞いた。(聞き手/島﨑今日子、構成/長瀬千雅) ――最初に見た芝居はなんでしたか。 正確には覚えていませんが、「こういうことをやっていきたいな」と思ったきっかけはやはりつか(こうへい)さんの芝居です。 ――おいくつぐらいの時でした? 高校生ですね。 ――福岡の劇場で? いや、テレビです。「若い広場」という。 ――NHKが60年代70年代にやっていた若者向け番組ですね。 テレビスタジオの中に簡易なステージを作って『戦争で死ねなかったお父さんのために』のダイジェスト版をやったんですよ。テレビでやるぐらい大

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  • インターネットと部落差別の現実――ネット上に晒される部落(出身者)/川口泰司 - SYNODOS

    今、インターネット(以下、ネット)上ではネット版「部落地名総鑑」が公開され、被差別部落(以下、部落、同和地区)に対するデマや偏見、差別的情報が圧倒的な量で発信され、氾濫しています。そして「無知・無理解」な人ほど、そうした偏見を内面化し、差別的情報を拡散する傾向にあります。 ネット上での差別が放置される事で、現実社会での差別がエスカレートしています。現実社会では許されない差別行為でも、ネット上では無規制であり「ここまでやっても許される」と、差別に対するハードルが下がり、ついには「底が抜けた」現実が起きています。 「ネット空間」と「現実社会」のボーダーラインが曖昧になり、現実社会でもヘイトスピーチのように、公然と差別扇動が繰り返されています。 部落差別解消推進法(2016年12月施行)では、「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じている」とし、ネット上の差別の深刻化を指摘していま

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  • 国境を越える舞台芸術――移動するアーティストと変化する舞台表現/日米現代演劇・パフォーマンス研究、内野儀氏インタビュー - SYNODOS

    国境を越える舞台芸術――移動するアーティストと変化する舞台表現 日米現代演劇・パフォーマンス研究、内野儀氏インタビュー 文化 #移動#舞台芸術#舞台表現#パフォーマンス 都市の劇場で、劇団所属の俳優により演じられてきた近代の舞台芸術。言葉や文化の壁に阻まれ、従来移動性が低いと考えられてきた。しかし、国際化する現代。舞台芸術の現場でも移動性(モビリティ)が起こっている。人の移動、社会構成の変化、新たな時代に求められる舞台芸術の姿とは。内野儀教授に伺った。(聞き手・構成/増田穂) ――舞台芸術はその前提として移動性が低いと考えられていたそうですが、その理由はなんだったのでしょうか。 第一の理由は近代以降の舞台「芸術」という概念が、西欧の近代演劇史に規定されていることにあります。もともと舞踊や演劇は古来より存在し、来ギリシャ・ローマ時代以来、常設の劇場で上演されるという側面と、仮設の劇場や建物

    国境を越える舞台芸術――移動するアーティストと変化する舞台表現/日米現代演劇・パフォーマンス研究、内野儀氏インタビュー - SYNODOS
  • 「比較しろ」って簡単に言いますけどね――質的調査VS量的調査/岸政彦×筒井淳也 - SYNODOS

    社会学の中でも質的調査と量的調査の間には壁がある!? 生活史を中心とした質的調査を行っている岸政彦氏と、計量を使った量的調査が専門の筒井淳也氏が「ずっと前から内心思っていたこと」をぶつけ合う。遠慮なしのクロスオーバートーク。(構成/山菜々子) 筒井 ぼくと岸さんはなかなか、普段は会う機会が少なくて、こうして二人で話をするのははじめてですね。たぶんパーソナリティも違うし。 岸 同じ社会学の中でも、ぼくは生活史を中心とした質的調査、筒井さんは計量を使った量的調査をしています。 普段はあまり交流のない二つの分野ですが、今日は、お互いに思っていることを遠慮なく話し合ってみたいと思います。社会調査は質的調査と量的調査に分かれていると、筒井さんは感じていますか。 筒井 分かれているんじゃないでしょうか。「あなたは質的の人? 量的の人?」という聞き方をしますよね。もちろん、共通点はありますが、質的と量

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  • 「地域アート」と共同体――芸術の固有の領域とは何か?/田中功起(アーティスト)×杉田敦(美術批評)×藤田直哉(SF・文芸評論家) - SYNODOS

    「地域アート」と共同体――芸術の固有の領域とは何か? 田中功起(アーティスト)×杉田敦(美術批評)×藤田直哉(SF・文芸評論家) 文化 #地域アート 『地域アート 美学/制度/日』は、評論家藤田直哉の「前衛のゾンビたち 地域アートの諸問題」という論考を出発点に、アーティストやキュレーターとの対話や研究者の論考を編んだ書籍である。 「地域アート」を考えるとき、アートが乗っかる土台としての「コミュニティー」にぶち当たる。芸術が、共同体や社会、政治にアプローチするときの「芸術性」とは一体何なのか。芸術にしかできないこととは。『地域アート』編者の藤田直哉氏と、アーティストの田中功起氏、美術批評の杉田敦氏が語った。2016年4月10日のナディッフアパート(東京・恵比寿)での2週連続トークの1回目を構成して採録。(構成・撮影/長瀬千雅) 藤田 日では、越後有大地の芸術祭(2000年〜)や、瀬戸内

    「地域アート」と共同体――芸術の固有の領域とは何か?/田中功起(アーティスト)×杉田敦(美術批評)×藤田直哉(SF・文芸評論家) - SYNODOS
    colic_ppp
    colic_ppp 2017/02/15
    共同体と個人は改めて今、面白い話題である。/そこからの「地域アート」であり、アートとしてどう観察して行うかなので転身しろは雑。
  • 渋谷のハロウィンは何の夢を見たか――スクランブル交差点から考える/社会学者・南後由和氏インタビュー - SYNODOS

    30年前、東京、渋谷。そこではたくさんの若者たちがファッションに身をつつみ、消費の戯れに興じていました。そして当時、その若者文化を分析するべく、学者たちが難しい言葉を使って都市について語る文化が存在していたのです。 明治大学4年生の私、白石がいままでずっと気になっていた先生方にお話を聞きに行く、短期集中連載『高校生のための教養入門特別編』の第3弾。熱狂するハロウィンについて、私たちは何を考え、何を見出すことができるのでしょうか。社会学者の南後由和先生に、『君の名は。』の都市論的解釈まで聞いてみました。(聞き手・構成/白石圭) ――都市論とはどのような学問なのでしょうか。 都市論とは、日常生活の場であると同時に、文化・芸術・政治・経済などの営みが重層的に展開される場である都市を、様々なアプローチを駆使して通時的、共通的に捉えようとする領域横断的な学問です。僕のような社会学者のほかに文学者や歴

    渋谷のハロウィンは何の夢を見たか――スクランブル交差点から考える/社会学者・南後由和氏インタビュー - SYNODOS
    colic_ppp
    colic_ppp 2017/01/06
    高校生向けのよいコンテンツ。
  • ローコンテクスト社会で<通訳する>ということ――新潟県立大学「政治学入門」授業公開/田村優輝×浅羽祐樹 - SYNODOS

    新潟県立大学国際地域学部では、「政治学入門」はカリキュラム・ポリシー上「共通基幹科目」として位置づけられていており、1年生後期に開講されている。2年次進学時に、4つのコースの中から「国際社会コース」や「地域環境コース」に進む場合、必修科目になっている。 入門科目という特性上、「国際政治学」「比較政治学」「計量政治学」「比較地球環境政治・経済」など2年次以降の発展的学習に向けて土台を築くことを目標にしている。同時に、コース選択はどうであれ、幅広い「教養」のひとつとして履修する学生も対象にしている。そのため、政治学であれ法学であれ、「見知らぬ街」にたどり着いたときに、まず「地図」を手にする体験とはどういうことなのか、についてもメタ的に伝えたいと考えて、シラバスを作成し毎回授業に臨んでいる。 その一環として、外交という「別の街」の第一線でプロフェッショナルに仕事をしている田村優輝氏(外務省アジア

    ローコンテクスト社会で<通訳する>ということ――新潟県立大学「政治学入門」授業公開/田村優輝×浅羽祐樹 - SYNODOS
    colic_ppp
    colic_ppp 2016/12/10
    これすごいわ。
  • Jポップで哲学することから見える、若者の問い――『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』/戸谷洋志 - SYNODOS

    Jポップで哲学することから見える、若者の問い――『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』 戸谷洋志 倫理学 文化 #Jポップ#Jポップで考える哲学 講談社文庫から『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』を上梓した。このは、Jポップを題材にした哲学書である。しかし、なぜJポップを題材にするのだろうか。また、このはどの点において他の哲学の入門書から一線を画すのだろうか。ここでは、そうしたことについて述べながらも、現代社会のなかで哲学することについて、特に若者が哲学することの意味について、筆者なりの考えを述べたい。(戸谷洋志) 巷では「カジュアル哲学ブーム」という声をよく聴く。硬派な哲学書ではなく平易な入門書、あるいは物語仕立ての哲学読のようなものが好まれている。おそらく、『Jポップで考える哲学』もその一つに数え入れられるのだろう。このでは、2人の登場人物、「先生

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  • 増加する「非正規公務員」とはなにか?/上林陽治 - SYNODOS

    ――日は、非正規公務員問題に詳しい、上林陽治さんをお迎えし、お話を伺います。上林さん、こんにちは。 こんにちは。 ――不勉強で恐縮なんですが、公務員の世界にも非正規問題はあるのですか。 はい。地方自治体に勤務している職員の3人に1人は非正規公務員です。 2012年の総務省の統計で比較すると、最も身近な自治体である市区町村の正規公務員は約92万人(注1)、これに対し非正規公務員の人数は約40万人(注2)です。ここには任期6月未満や週勤務時間20時間未満の非正規公務員は含まれていませんから、実際はもっと多い。だから3人に1人。また正規公務員より非正規公務員の方が多い自治体も2012年には43団体あり、長野県の筑北村では役場職員の約7割が非正規公務員でした。 (注1)総務省「平成24年定員管理調査(平成24年4月1日現在)」 (注2)総務省「臨時・非常勤職員に関する調査結果について(平成24年

    増加する「非正規公務員」とはなにか?/上林陽治 - SYNODOS
    colic_ppp
    colic_ppp 2016/02/22
    退職金焦げ付いてるからね。しょうがないね。年寄り一人いなくなれば若手二人雇えるのにほんとふざけてる。
  • 分析美学ってどういう学問なんですか――日本の若手美学者からの現状報告/森功次 - SYNODOS

    シノドス編集部から「分析美学について記事を書いて下さい」と依頼を受けたとき、困ったな、というのが正直な感想だった。ある学問について、よくわからないので知りたいと思うことはある。とりわけ新興の、目新しい学術分野が出てきたときはそうだ。神経倫理学とは? 人口経済学って何? 今回の「分析美学ってどういう学問?」という質問もおそらくこの種の質問だろう。 たしかに近頃、「分析美学」という学問分野は、新しく、盛り上がっている学術分野だという印象を与えているようだ。日では2013年に『分析美学入門』(勁草書房)、2015年には『分析美学基論文集』(勁草書房)といった翻訳が刊行され、2015年秋の分析美学をテーマにしたブックフェア(紀伊国屋書店新宿南口店開催)は記録的な売り上げを残した(注1)。だが困ったことに、分析美学というのは、新しく現れてきた学問でも、最近盛り上がっている学問でもないのだ。 この

    分析美学ってどういう学問なんですか――日本の若手美学者からの現状報告/森功次 - SYNODOS
  • 演劇と民主主義――青年団という冒険/劇作家・演出家平田オリザ氏インタビュー - SYNODOS

    平田オリザ氏は、青年団を率いる劇作家・演出家であると同時に、こまばアゴラ劇場のオーナーでもある。こまばアゴラ劇場はたった60席の小さな劇場である。しかし関東の小劇場ファンなら訪れたことのない人はいないかもしれないほど、現代演劇の発信地として機能している。1983年の青年団旗揚げから30年あまり。青年団からは多くの劇作家・演出家・俳優が輩出し、ごまばアゴラ劇場は多くの観客を育ててきた。小さな劇場が大きな存在感を持つのはなぜなのか。今回は「集団」と「場」についてを中心に話をうかがった。(聞き手・構成/島﨑今日子) ――9月19日、安保法案が可決されたあとに、国会前でSEALDsのマイクを握ってスピーチされました。「私は東アジアの未来に悲観していない。安倍首相がアジア存立の危機になっている。安倍さんを替えればいいのだ」と。 この7月、8月はアジアツアーに出ていて日にいなかったので、たまたまあの

    演劇と民主主義――青年団という冒険/劇作家・演出家平田オリザ氏インタビュー - SYNODOS
    colic_ppp
    colic_ppp 2015/11/20
    "権力性を伴うことを前提にしながら、たとえば俳優やスタッフ個々人の人格を損なわないようにする""才能がないのにずっと続けてるやつも嫌"
  • 日本美術の“ソムリエ”――美術はもっと多様に楽しめる/『京都で日本美術をみる 京都国立博物館』著者・橋本麻里氏インタビュー - SYNODOS

    美術の“ソムリエ”――美術はもっと多様に楽しめる 『京都で日美術をみる 京都国立博物館』著者・橋麻里氏インタビュー 情報 #新刊インタビュー#京都で日美術をみる#日の国宝100 今年9月、常設展示館である「平成知新館」がオープンし、例年以上の賑わいを見せていたこの秋の京都国立博物館。記念の展覧会となった「京(みやこ)へのいざない」(会期終了)は入場者数30万人をこえた。日美術がブームと言われるようになってしばらく経つが、何がそれほど多くの日人の心を引きつけるのだろうか。『京都で日美術をみる 京都国立博物館』を上梓した橋麻里さんにお話をうかがった。(聞き手・構成/長瀬千雅) ―― まさに先月、このを持って京都国立博物館(京博)に行きました。朝いちばんに行ったのに、館(明治古都館)で開かれていた「国宝 鳥獣戯画と高山寺」展で2時間ほど並ぶことになりまして。 そういう報告

    日本美術の“ソムリエ”――美術はもっと多様に楽しめる/『京都で日本美術をみる 京都国立博物館』著者・橋本麻里氏インタビュー - SYNODOS
  • 「広場」を生み出す演劇の可能性――テアター・デア・ヴェルトの事例から/藤原ちから - SYNODOS

    「広場」を生み出す演劇の可能性――テアター・デア・ヴェルトの事例から 藤原ちから 編集者、批評家、フリーランサー 社会 #SYNODOS演劇事始#テアター・デア・ヴェルト#広場 マンハイムのホテルでは、トルコから来たチームとしばしば朝を共にした。彼らの作品は、イスタンブールのタクシム広場を題材にしていた。「日にはそもそも広場がないからね……」とわたしが嘆くと、「じゃあいったい、君たちはどこでデモをするんだ?」と驚かれた。 広場がない、という言い方は正確ではない。皇居前広場を始めとして、小さな駅前広場に至るまで、各地にスペースは点在している。だが、西洋的な意味での広場、すなわち、デモであれ魔女裁判であれ、多様な民族・言語・宗教からなる公衆たちが数々の祝祭的・政治的な行為を果たしてきたという意味での広場は、日にはおそらく未だかつて存在した試しがない。 南ドイツのマンハイムに滞在し、舞台芸

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  • 演じることにはすでに批評行為が含まれている/舞台芸術家・鈴木忠志氏インタビュー - SYNODOS

    1960年代、「早稲田小劇場」で日の演劇の潮流を変え、1976年に富山県利賀村に移ってからは、世界とダイレクトに結び合いながら活動してきた鈴木忠志氏。今夏に開催された第1回利賀アジア芸術祭には、国内のみならず世界各国から観客が訪れた。『シラノ・ド・ベルジュラック』のクライマックスで、夜の野外劇場を花火が彩る。『からたち日記由来』では、語りの力が、合掌造りの劇場につめかけた観客を異世界へと連れていく。はじめて訪れる者にとっては、こんな山深い村にこんな空間が?!と驚くような体験だ。幻想的な夜が明け、静けさを取り戻した利賀村で、「演劇と力」をめぐって話を聞いた。(聞き手・構成/島﨑今日子) ―― 利賀村に来たのははじめてです。合掌造りの劇場も見られたし、来てよかったです。 今年の利賀アジア芸術祭には、18カ国から150人が参加したんです。俺の訓練(スズキ・トレーニング・メソッド、独自の俳優訓練

    演じることにはすでに批評行為が含まれている/舞台芸術家・鈴木忠志氏インタビュー - SYNODOS
  • 和解だけが救いの形ではない――『聲の形』作者・大今良時氏の目指すもの/大今良時×荻上チキ - SYNODOS

    現在、『週刊少年マガジン』で連載中の漫画『聲の形』は、読み切りとして2011年の『別冊少年マガジン』に初めて掲載された際に、小学校を舞台に、いじめを受ける聴覚障害者のヒロインをけなげに描くことに対する批判も含め、読者から様々な反応が生まれた作品だ。「なにがそんなにヤバいのかまだよくわからない」と語る作者・大今良時氏。大今氏は『聲の形』で何を描こうとしているのか、学校生活をどのように過ごしていたのか、荻上チキがインタビューを行った。(構成/金子昂) 荻上 お会いできてうれしいです。『聲の形』は様々な読み方ができる優れた作品で、楽しんで読んでいます。特に、いじめの構造を端的に抉り出しているな、と思いました。多くのいじめ描写は、いじめっ子をわかりやすい悪者として描くことが多いんですが、いじめっこ/いじめられっ子というのは固定的なものでもないし、教室内の秩序の在り方によって、流動的に発生してしまう

    和解だけが救いの形ではない――『聲の形』作者・大今良時氏の目指すもの/大今良時×荻上チキ - SYNODOS
  • 3.11後の「表現すること」の戸惑い/荒井裕樹×佐藤慧×安田菜津紀 - SYNODOS

    2011年3月11日に発生した東日大震災。『ファインダー越しの3.11』(原書房)を出版し、その後も、シャッターを切りながら、写真を撮ることの意味を考えているフォトジャーナリストの佐藤慧さんと安田菜津紀さん。そして、精神科病院、平川病院でひらかれている〈造形教室〉で、アートを通じた自己表現で自らを<癒す>人びとについて取材し、「自己表現」の可能性を考えてきた文学研究者の荒井裕樹さん。3.11後に、「表現すること」にはどのような意味があるのか。その可能性と、戸惑いを語り合った。α-Synodos vol.144より転載。(構成/金子昂) 荒井 今日はお忙しいなか、お時間を作っていただいてありがとうございます。ずっとおふたりに話をお聞きしたいと思っていました。 はじめに簡単に自己紹介をさせていただくと、ぼくは学生時代から障害や病気を持っている人たちの自己表現活動について考えていて、文学やアー

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  • オープン・プロセスとソーシャルデザインの可能性/藤村龍至 - SYNODOS

    クリエイティブ・コモンズ・ジャパンによる、オープンカルチャーに関する新しい対話の場/学びの場であるCCサロン。第5回目は「建築・都市におけるソーシャルデザインの可能性」と題して、日社会の縮小をポジティブに捉え直す「列島改造論2.0」を構想し、「公共建築から考えるソーシャルデザイン・鶴ヶ島プロジェクト」などを手がける建築家の藤村龍至氏をゲストに開催された。鶴ヶ島プロジェクトの可能性とは何か?(構成/出口優夏) 日は「オープン・プロセスとソーシャルデザイン」と題しまして、普段からわたしが取り組んでいる建築のお話をさせていただこうと思います。 わたしは大学院で建築を専攻する前、社会工学科というところでコミュニティデザインをテーマにした研究室に所属していました。わたしが在籍していた2000年前後は、ちょうど「地方分権」が言われはじめた時代。いままでのようなトップダウン方式ではなく、現場のことは

    オープン・プロセスとソーシャルデザインの可能性/藤村龍至 - SYNODOS
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