東海大学出版部が出版事業から撤退するという話は数年前からに耳にしていた.ワタクシが『読む・打つ・書く』の最初の企画打合せに本郷に出向いた2019年6月のことだ. “理系本” の執筆と出版がますます先細りになってきたことが拙著を出す大きな動機のひとつだった.
加藤政洋 (2020年1月30日刊行,ミネルヴァ書房,京都, xiv+232+ii pp., 本体価格2,500円, ISBN:978-4-623-08802-7 → 版元ページ) 読売新聞の大評が公開された:三中信宏「薄暗がりの現実と幻影 —— 酒場の京都学 加藤政洋著 ミネルヴァ書房」(2020年3月29日掲載|2020年4月8日公開) 薄暗がりの現実と幻影 評者が大学の学部生だったころ、父親に初めて連れられて夜の京都市内に飲みに行ったことがある。河原町通の繁華街から一筋中に入れば、仄暗く人気のない裏寺町通が南北に延びている。通りに面した暖簾をくぐると、店内には年季の入ったコの字形のカウンター席が客を待っていた。店主と挨拶を交わす父はどうやらこの店の常連だったようだ。それから長い年月が過ぎ、すでに父も亡くなったいま、あの店はいったいどこだったのか、のちに裏寺町をたどる機会があっても皆目
マーク・ジェイン,ジル・バレンタイン,サラ・L・ホロウェイ[杉山和明・二村太郎・荒又美陽・成瀬厚訳] (2019年7月30日刊行,明石書店,東京, xvi+284 pp., 本体価格2,700円, ISBN:9784750348667 → 版元ページ) グッドタイミングで着便.夏本番になり,来月はがんがん呑む機会が増えてくるだろうから,こういう役に立つ新刊をちゃんと読んで,うっかり油断して「binge drinker」にならないように気をつけましょうね>心当たりのあるみなみなさま. 【目次】 日本語版へのはしがき iii 謝辞 ix序章 酒・飲酒・酩酊の地理 1 アルコール研究と地理学的アプローチ 3 地理学と酒・飲酒・酩酊 10 秩序ある/なき空間を読み解く 17第1章 都市 23 「飲酒の害悪」と近代都市 24 ビンジ・シティ? 酒・飲酒・酩酊と現代の都市生活 34 おわりに 53第2
西川和人(編著) (2018年9月刊行,文英堂,京都, 本体価格1,600円, ISBN:9784578215332 → 版元ページ) をを,かの超有名参考書〈シグマベスト〉の文英堂の『最高水準問題集』にワタクシの文章が載るとは! やっぱり女子学院中学校の入試に出題されるとこういう波及効果があるのか.それにしても,『分類思考の世界』をネタにして「分類群の実在性」とか「分類学者の原罪」とか「ウンベルト・エーコ」とかまだ小学生の受験生に問いかけるのはお疲れさまというかタイヘンねと言うしかない.しかし,掛け値なくスゴイのは模範解答とその解説だ.そーかそーか実はワタクシはこんなに難しいことを書いていたのか(おいっ).書いた著者本人が言うのも何だけど,こんなに深くあれこれ考えてあの文章は書いてませんてば.
2017年12月22日(金)に開催された岡山大学農学部の第349回昆虫学土曜セミナーで,ワタクシは「分類学と系統学の世界観:多様性はどのように可視化されてきたか」なる講演をした.その質疑時間に,「ミナカさんが本を書かれるときは読者層に合わせてどのように書き分けられているんでしょうか?」というツボな質問があった.すかさず「ワタクシは自分のためにだけ本を書いているので読者のことを意識したことはまったくありません」という自説を展開した.「自分が読みたい内容の本を自分で書く」「自分があとでレファレンスとして利用できる本を自分で書く」—— 本の “かたち” がハードカバーであっても新書であっても,この方針はゆるがない.ワタクシの本を手にした読者のなかにときどき “被害者” がいることは承知しているが,あまり気にしていない.
古賀弘幸 (2017年5月20日刊行,工作舎,東京, 306 pp., 本体価格3,200円, ISBN:9784875024842 → 版元情報) 【目次】 第1章 文字の場所・文字の風景 9 文字の場所 10 文字の風景 37 文字と名 57第2章 漢字,東アジアの歴史を映す 65 漢字の改良 66 漢字のエキゾティシズム 90第3章 古今東西,文字を遊ぶ 111 秘密の文字 112 消える文字 123 文字と遊ぶ 149 文字と詩 163第4章 文字が秘める身体性 191 五感の文字 192 文字のふるまい 217 線と言葉 234 性と文字 246第5章 文字とメディア 255 皮膚と文字 256 書きつけるもの 265 書物 280 あとがき 294 索引 [305-298] 著者紹介 306
山本紀夫(編著) (2010年4月25日刊行,八坂書房,東京, 16 color plates + 294 pp., 本体価格2,400円, ISBN:9784896949544 → 目次|版元ページ) 全編にわたってトウガラシ一色.カプサイシンが漂ってくる.南米から始まったトウガラシ行脚はメキシコを経て旧大陸へ.スペイン,イタリア,ハンガリー,トルコ,そしてアフリカ大陸へと広がっていく.アフリカはエチオピア高原からタンザニアのピリピリを経て,東南アジアのトウガラシ王国タイへ上陸.さらにインドネシアからネパール,ブータンへ.日本で言う「山椒は小粒でもぴりりと辛い」に相当するインドネシアの格言に「小さくてもキダチトウガラシ」という言い方があるらしい.それくらいキダチトウガラシは強烈に辛いそうだ.タンザニアとかインドネシアとかでは,生でキダチトウガラシをかじるようで,ジモティでも “犠牲者”
横山智 (2014年11月25日刊行,NHK出版[NHK Books 1223],東京, 8 color plates + 317 pp., 本体価格1,500円, ISBN:9784140912232 → 目次|版元ページ) この本には東南アジア現地調査を踏まえた詳細なデータ(場所・納豆型・調理法など)の図表が載っている.納豆の地理的分布と伝搬経路を推定する上では興味深い情報源である.本書のような食文化民族誌の分野でも「再現性問題」があると著者は指摘する: 「とくに菌の研究をメインにしている理系の研究者の情報は偏っており,どの民族が納豆をつくっているのかといった情報はほとんど記されていない.さらに村の位置などの空間情報もあいまいである.科学の世界では,リピータビリティ(再現性)が重視されているにもかかわらず,第三者が同じ村を訪れて,納豆の生産を確認することができないような論文の書かれ方で
荒木優太 (2016年3月1日刊行,東京書籍,東京, 255 pp., 本体価格1,500円, ISBN:9784487809752 → 目次|エン-ソフ|版元ページ) 仙台一番町〈あゆみBOOKS〉にてゲット.メインタイトルだけではいったい何の本だか皆目見当がつかなかったが,サブタイトルを見て即座にレジにお連れした.本書の「在野研究者」とは「狭義の学術機関に頼らずに学的な営みをつづけてきた研究者たち」(p. 5)という意味で用いられている.本書で取り上げられている16人の「在野研究者」たちはすべて故人だが,著者は,先人たちの在野研究人生から学び取れるさまざまな教訓を全40箇条の〈在野研究の心得〉としてまとめている. 本書は「文系」の研究分野を念頭に置いて編まれているので,大学の「なか」か「そと」かが在野であるかどうかの分かれ目になっている.ワタクシたちのように,大学の「そと」なんだけど,
水村美苗 (2015年4月10日刊行,筑摩書房[ちくま文庫・み-25-4],東京,460 pp., ISBN:9784480432667 → 目次|版元ページ) 巻末の「文庫版によせて」(pp. 408-454)という増補部分だけでも買う価値があった.本書の中心テーマは「文学」だが,巻末増補のなかのある一節「自然科学と母語の関係,そして,翻訳文化の重要性について」(pp. 415-424)では,科学と言語についての見解が述べられている: 「母語が英語ではないこと,西洋語でさえないことは,場合によっては,生産的な結果をもたらしうるのではないか ― というより.そう願うのである」(p. 416) 「日本語で自然科学を研究することが,必ずしもマイナス面ばかりではないかもしれない」(p. 419) 「自然科学においても微妙な思考は母語でせざるをえないとするならば,日本語が,その言葉でもって科学がで
今日2015年1月9日は,ワタクシの本録〈leeswijzer〉のブログ開設以来ちょうど10年目に当たる.本録開始の2005年1月9日の日録には次のように記している: 日録に散在する【本】の情報(新刊・古書を問わず)だけをピックアップして,“はてな”に置くことにしました.せっかく日録でメモしたのに,買わないまま記憶から消え去った本がどれほど多いことか.新刊・古書に関するきわめて selfish な備忘録として〈leeswijzer〉を公開します.この〈leeswijzer〉はもちろん〈日録〉とは姉妹群関係にあります(内容的には明らかに祖先子孫関係にあるのだが).とりあえず,今年の元旦からのコンテンツを置きました.※「leeswijzer(蘭)」とは「ブックマーク/読書目録」のこと.dagboek が「日録」なら,leeswijzer は「本録」. 極私的な書誌目録づくりの精神は10年が経過
ジョン・ポーキングホーン[小野寺一清] (2001年1月20日刊行,講談社[ブルーバックス・B1318],東京,167+3 pp., ISBN:4062573180) 著者ジョン・ポーキングホーンはかのテンプル財団の支援を受けているとの情報をつい最近得た. 【書評】※Copyright 2001, 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved 神を信じる科学者が確かにここにいる 奇妙な本である.量子力学の研究をきわめた後,いまは英国国教会の司祭をつとめる著者が,科学と宗教が「友好関係にある」(p.156)と主張しているのである.一般読者は騙されてしまうのではないだろうか.自然界を「本当に理解」するためには現代科学だけでなく宗教(本書ではキリスト教)の「両方の助けが必要である」(p.28)という著者の主張に. しかし,著者が繰り返し強調する,世界の
今野真二 (2014年4月18日刊行,岩波書店[岩波新書・新赤版1479],東京,viii+258 pp., ISBN:9784004314790 → 版元ページ) 現代につながる過去の日本語の読み書きの様相はどのようであったか.どんな点が伝承され,あるいは消えていったのか.本書は,日本語の読み書きがたどってきた記録を残す歴史資料を具体的に示しながら,このテーマを追究する. たとえば,タテ書き日本語文の「行」の認識ひとつをとっても話は単純ではない.第4章「「行」はいつ頃できたのか:写本の「行末」を観察する」では行頭禁則処理の長い伝統が垣間見え,続く第5章「和歌は何行で書かれたか:「書き方」から考える日本文学と和歌」では改行の規則もまた時代とともに変遷してきたことがわかる. また,第8章「なぜ「書き間違えた」のか ―誤写が伝える過去の息吹」は和書の写本伝承プロセスに関する実例を知ることができ
三中信宏 (2006年7月20日第1刷刊行|2006年8月4日第2刷刊行(正誤表)|2009年12月18日第3刷刊行(正誤表)|2010年5月10日第4刷刊行(正誤表)|2011年10月7日第5刷刊行(正誤表)|2013年6月28日電子本刊行,講談社[現代新書1849], ISBN:4061498495(ISBN:9784061498495) → 版元ページ|詳細目次|反響録|コンパニオンサイト) 「さらに知りたい人のための極私的文献リスト」を公開.
本の書き手であるワタクシにとって「書評頻度分布」の平均と分散こそ第一義的に重要であり,個々の書評はその背景のもとで初めて意味をもつ.書評頻度分布の全体的特性が “罵倒系” だったなら,よほどひどい本を書いてしまったと反省して出家するしかない.一方,特定の罵倒系書評が書評頻度分布の全体的特性からはずれた “outlier” な場合は安心して無視できる.刺のような言葉のひとつひとつがぐさぐさ刺さるほどワタクシは繊細にはできていない.そういう書評者は逆に書き手によって冷厳に評価されることになる. 今回,拙著『進化思考の世界』に対する典型的な“罵倒系”書評をアップした匿名「i」氏がアマゾンに投稿した他の書評群を見ると「今西錦司」や「構造主義生物学」あたりにシンパシーを感じているようだ.ああ,そういうことですか.匿名「i」氏の「書評事前分布」がこのように明らかになった以上,ワタクシの本に対する罵倒系
「われわれの研究によれば引用者のうち引用元をちゃんと読んだのはたった20%だ」:M. V. Simkin and V. P. Roychowdhury 2003. Read before you cite!. Complex Systems, 14: 269–274 → pdf.もうひとつ:「おまいら,マジで引用されたいのか?」:M. V. Simkin and V. P. Roychowdhury 2006. Do you sincerely want to be cited? Or: read before you cite. Significance, 3(4): 179–181 → abstract ※「theory of the unread citation」っておもしろそうだなぁ(コワいけど……). 進化学や体系学の場合,入手できるはずのない文献が「引用」されている頻度は他の
「引用文献」と「索引」が示されていない書籍に資料的価値はない.新書であっても必ず文献リストと事項&人名索引は付けるようにしている.誰のためかと言われたら,「自分のため」と即答する.そもそも本を書くのは自分のためであって,他人のためではない.あとで自分の本を検索するときに,文献リストと索引がないと困るのはほかならない自分だし.原書にはちゃんとある「脚注・文献・索引」の三点セットをすべて“省略”してしまう日本語訳本を見るたびに「地獄に落ちろ」と毒づいている.読者としての自分のためにならない本は書きたくないし,あとで自分にとって資料的価値がある本をつくりたいと思う.他人が読んで「おもしろい」とか「参考になる」と言ってもらえたら,それは文字通り望外の喜び.それを狙っているわけではない.
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