辺野古ボート事故の後日談で反対協、日本基督教団や辺野古基金や同志社の人達が自爆しているように見える。「勝手に被害者の気持ちを代弁している」など、事例は片手では足りない が、彼らの中では筋が通っているのだ 何故なら日本基督教団が統括するプロテスタントの考え方である「信仰無罪」が適用されるからだ 自分達はプロテスタント信者であり、基地反対もそれに基づくものであり、事故は不幸ではあるが主イエスが一人のJKを日本という邪悪な国から天国に引き揚げてくれたイベントでもあり、後日談は強い信仰に基づく発信だから何を言っても許される。被害者のJKもこちら側に引き込んで「あげている」のだから、彼女の気持ちは手に取るように分かるし、代弁して何の問題もない 一方、遺族はプロテスタント信者ではないので発言権はない。人権もない プロテスタントはこういう考え方が普通に通用してしまう。「反基地無罪」と揶揄されるが、それと

