手放した扉が閉じる音がして、彼女はそれにもたれかかった。頭がしびれるような停止の感覚があり、背中が扉を擦って滑り落ちる感触があった。触覚は一秒の何分の一かごとに遠ざかり、彼女はおなじみの感覚、世界から柔らかく厚い皮膜で隔てられているような感覚の中にいた。その中で自分が玄関に座っていることを自覚した。 深夜に職場から帰るなり彼女はそのようにして、それだから傍らには終夜営業のスーパーマーケットから持ち帰ったプラスティックバッグがいびつなかたちに崩れて中身をこぼしていた。電灯のスイッチに手を伸ばさなかったから視界は平板に黒い。彼女は自分が電灯をつけることを想像する。可笑しいと思う。肩より高いところに腕を持ちあげて指先を小さいプラスティック片に命中させるなんて、たちの悪い冗談みたいな気がした。ウィリアム・テルだとか、そういうたぐいの。 可笑しさも電灯の概念もスイッチの形状も唐突に彼女の意識から姿を