処女厨が本当に好きなのは、『処女』ではなく、『自分の思い通りになって劣等感を刺激しない女』なんだよな。 「年収何千万の男じゃなきゃダメ」という女よりも、「女なんてとっととハメちまえ」という体だけが目的のヤリチンDQNよりも、処女厨のほうがずっとキモイのはそのせい。自分の中のどす黒い欲望を誤魔化して「俺は処女の人間性を尊ぶ人格者」だとか言ってるから。
「聖☆おにいさん」が面白くない、と言うつもりは全くないし、実際にモーニングツーが家にあったら飛ばさず読んでくすっと笑うが、それでもやはり「『聖☆おにいさん』って面白いよね」とは言いたくないのだった。「聖☆おにいさん」が嫌いだというわけではなく、だから作者にもマンガにも罪はないが、「聖☆おにいさん」をとりまく空気が嫌いだ。それは「聖☆おにいさん」がものすごく売れているっていう事実とか、「聖☆おにいさん」を好きだって言いそうな人の顔とか、そういうのを全てひっくるめて「『聖☆おにいさん』が面白いマンガとされている空気」がものすごく嫌だ。 「「聖☆おにいさん」を面白いって言いたくない相沢が選ぶマンガアワード2008」 聖☆おにいさん(1) (モーニング KC) 作者: 中村光出版社/メーカー: 講談社発売日: 2008/01/23メディア: コミック購入: 73人 クリック: 1,671回この商品
※今から書くことは「とらドラ!」原作原理主義者の中でも特にアレな1人が呟くたわ言だと思ってください。 アニメ版「とらドラ!」、どうも物足りません。 僕は原作版「とらドラ!」の魅力の1つは、何気ない会話やほんの小さな出来事がいちいち面白くて、いわゆる「捨てイベント」が一個もない(少なくとも自分的には)ところだと思っています。そういった小さなイベントが無数にあるおかげで、キャラクター1人1人、しかもメインキャラクターだけでなくサブキャラまでがかなり深く描かれていて、より親しみを持てる=感情移入できるようになっている。 しかし、アニメ版ではそういう小さなイベントはおっそろしい勢いで削られています。アニメの尺を考えれば仕方ないことなのですが……分かってはいても悲しいことです。 ただそれは、単に面白いイベントの数が目減りした以上の影響を作品に与えています。アニメ版のキャラは、原作より
我が国の法制度について少し調べれば普通の理解力のある人であれば嘘だとわかるデマを流してこれをあしざまに罵る人々を愛国者だと讃える人々がいるということは,ある意味驚くに値します。また,国会議員や国政選挙立候補予定者が公然と近隣諸国ないしその国民についてかなり根拠の乏しい陰謀論を公然と宣い我が国の国際的な評判を落としめようとしているのを拍手喝采している人が,「日本が大好き」などと自称していることに,ある種の倒錯を感じます。 ハイダー氏が入閣することによりオーストリアの国際的評価がどうなったのか,ルペン氏が大統領選の決選投票に残ったことによりフランスの国際的評価がどうなったのか,そう遠くない歴史を振り返っても,ゼノフォビアがその国の国内で支持を集めることが如何に「国益」に反するのかを,私たちは再確認することができます。アメリカ人が「フレンチフライ」を「フリーダムフライ」と言い換えたときのことを思
2008年12月12日 これまで日本人の養育を他国に押し付けてきただけのこと カテゴリ:ネット言論 さて、戸井田議員のブログのコメント欄に溢れるレイシズムはなかなか人を飽きさせません。 今回の法改正を受けて、早速フィリピンで日本人の父親に認知されていた複数の子供が日本国籍の取得を申請したようです。 -- フィリピン、母子10組が日本国籍取得届 2008.12.10 20:37 未婚の日本人男性と外国人女性の間に生まれた子について、父親の認知を条件に日本国籍取得を認める改正国籍法が5日に成立したことを受け、フィリピン人の母親とその子供10組が10日、マニラの日本大使館に国籍取得届を提出した。 日本の特定非営利活動法人(NPO法人)「JFCネットワーク」が支援。子供は2~19歳の男子で、いずれも日本人の父親が認知したという。同法成立後、フィリピンでの国籍取得届の集団提出は初めて。日本人を父親と
織田信長 ぼちぼち、元気にやっています。少し薬にも慣れた...んかなぁ。相変わらず食べられないけど。朝、指がこわばって文字なんて入力できなかったけど、それはほぼなくなった。関節もどこも痛くない。薬効いてきたんやろな。 で、ブログを書こうと言う気がまた起きてきた。 …
ども。「自己責任」は便利な言葉ですが、自分に向けられた時には切り返せるようにきちんと考えておきたいものです。お題はこちら。 ■自己責任云々の前に正しい知識を共有するべきhttp://d.hatena.ne.jp/KoshianX/20081201/1228092446「性暴力に遭遇しないためのノウハウや常識はもっともっと共有されるべきだと思う」 概ね賛同できないのですが、id:elastica 責任はないけど、リスクを下げる努力というか、予防はした方がいいよなあとは思う。実務的に。こういう視点でなら同意できるな、と思いました。 ■過去の教訓は被害を防ぐ盾であって、被害者を責める剣ではないid:takeshiketa 予防策と事後の議論をごっちゃにするから良くない。犯罪が起こった後に予防策を引き合いにして責め立てるから不毛なんだよな。 id:kanose 予防策と事後の議論をいっしょにするか
DNSキャッシュポイズニングの脆弱性の影響範囲の広さと脅威は深刻です。IPAの2008年度第3四半期のソフトウェアなどの脆弱性関連情報に関する届出状況を見ると、国内でもわずか1カ月で273件の被害があり、その傾向が見られます。 以上、私はこう見た、Black Hat Japan 2008(前編)日本から世界へ広がれ、セキュリティエンジニアの輪 より いやいや、それはあくまで脆弱性関連情報の届出件数ですから。この制度は、脆弱性を発見した人が攻撃を未然に防ぐべく届け出るもので、実際に被害に遭った人が届け出るものではありません。ほとんどの場合、被害が出る前に修正される事になると思われます。つまり、この届出件数と被害件数は関係ないということです。 XSSなんかは届出は多いのですが、被害はそれほど報告されていないですね。 DNSがヤバイというのはそうだと思うのですが、このデータを持ってきて「実際に被
はてなブックマーク - 東はこういうべきだった・公共性と歴史と科学(追記で応答 - 地下生活者の手遊びに再応答。 小ネタエントリはさんだので、新しく応答エントリをたて、さらに突っ込んで考えてみますにゃ。とりあえずのまとめ。 再応答その1 id:wiseler "うん。【私的】な言論において、愚行がまかりとおることを僕も認める。" それを認められない人が、しかも大勢居るのがこの人の提起している問題なんじゃないの?/少なくともビックバンは確定してないです 問題提起はいいんだけれど、認め方が無節操すぎるのではにゃーかと。 ビッグバンは確定していにゃーとしても、まっとうな科学仮説であることは事実。 科学仮説は灰色のものからほとんど確定的なものまであるけど、真理そのものではありえにゃーというところが重要。 科学仮説はあくまで近似であり、その意味において歴史学における学説と地続きなのですにゃ。 再応答
このエントリは、以下のエントリの流れを汲むものです。 【こりゃ落選するわ】城内みのる氏のブログが酷すぎる件について このブログが元衆院議員の城内氏のブログで紹介されたようです 以前私のブログをご紹介いただいた城内元議員ですが、再び国籍法についてのエントリをupしているようです。 ◎ 政 治 ◎ 「国籍法」改悪が秒読み?! « 城内実のとことん信念ブログ http://www.m-kiuchi.com/2008/12/03/kokusekihoukaiakuwanihonchinbotsu/(略) 城内実:「明日の参議院法務委員会までになんとかなりませんか。」 平沼赳夫先生:「最大限努力する。しかし、ここまできたら難しいな。自民党、公明党だけでなく、野党の民主党が賛成だからな。閣議決定の時点でつぶすべきだった。N大臣は気がつかなかった無念だと言っていた。選挙に向けての地元活動で国会議員が東京
来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112601000936.html 内容もブコメも酷いですね。 そもそも「努力して健康を保った人にはインセンティブを」自体が健康保険の理念を崩しかねないものであることを理解しましょう。 当然、努力しているかどうかで病気になるかならないかは決まりません。いや、少しは関係あるじゃないかと言う人もいるかもしれません。でも、「少し」とはどのくらいでしょう?なにせ、男に逃げられるのまで女の自己責任という意見が出てくる世の中です。病人にちょっとでも不摂生があれば、それは「努力不足」とされかねない。では、遺伝病など生まれつき抱えている病気の場合は?なるほどそれは当人に責を求めることはできない。ではどこに行くか。もちろん親にです。出生前診断が「可能」である今、病気がある「障害」
■ これは、心底、嫌な話である。 □ 連続テロか 元厚生事務次官宅で妻が刺され重傷 11月18日 産経新聞 18日午後、東京都中野区の元厚生事務次官、吉原健二さん(76)宅で、家にいた妻の靖子さん(72)が、宅配便の配達を装った人物に刃物で刺された。女性は重傷。警視庁で連続テロの可能性もあるとみて男の行方を追っている。 同日午前には、同じく元厚生事務次官の山口剛彦さん(66)とその妻(61)がさいたま市内の自宅玄関で刺され死亡する事件がおき、埼玉県警が殺人事件として捜査している。 吉原さんは1986年に社会保険庁長官、88年に厚生事務次官を歴任。その後、日本赤十字社理事などを務めた。 「テロ」という言葉を聞くとは、思わなかったけれども、NHKの九時台のニュースでも、テロというニュアンスで伝えられていた。確かに、年金行政を扱っていた元高官が襲われたのだから、何らかの意図を伴った「テロ」と考
何が足りないのかなあ。 科学信奉者の基本「科学は絶対ではない」 ニセ科学の基本「科学的に証明されているので絶対効果があります!」 科学が宗教ではありえないのは、その理論が正しいと考えるに足る根拠が観測や実験から明らかにあるとしても、それが絶対ではなく新たな観測や証明方法の登場によって覆ることが十分にあることを知っているし、それを繰り返してきた歴史が今の科学を積み上げてきたことを誇りに思っているからだ。 統計的な弱いエビデンスしか持ち得ない心理学の研究者がその検証方法を「そんなものは科学ではない」といわれながら少しずつ進歩させていっている一方で血液型性格診断にあたかも裏づけがあるような流布のされ方をしているような、そういうもどかしさというのは常に存在するのだけれども。 レベル感。 科学的に証明されています。絶対に正しい! 科学的に証明されています。正しいと考える蓋然性は高いです 証明はされて
株式会社神戸デジタル・ラボが公表している「セルフチェックかんたん5」がWebアプリケーションセキュリティの一部専門家の間で話題になっている。 mi1kmanさん経由。 神戸デジタル・ラボさんの Webセキュリティ診断の販促ページ。 色々と言いたいことはありますが、一番は、「Webサイトセキュリティチェックリスト」の7ページ目:【中略】の部分ですかね。 手元の IE7/Firefox3 で試してみた限りでは、「http://int21h.jp/../」にアクセスした場合、ブラウザから出るリクエストの時点で「GET / HTTP/1.1」になっていました。(ブラウザが勝手に訂正してくれるので、GET /../ HTTP/1.1 のようなリクエストが送信されることは無さそう。) はたして“何らかのエラーメッセージ”が表示されることはあるのでしょうか…。(^-^; http://yamagata.
田母神前空幕長の件について、国会やマスコミ(産経を除く)ではほぼ批判一色である。 私はこの状況に不満がある。 といっても、「田母神氏の主張は正しい」「批判するほうが間違っている」と言いたいわけじゃない。 逆に、「まだまだ批判が足りない」「自衛隊幹部の政治的発言に対してもっと警戒心を持つべきだ」「世論がアレルギー反応を起こしてもいいくらいだ」と思っているのである。 私がどれほど田母神氏のようなタイプの「軍人」を忌み嫌っているかといえば、酔っ払い運転常習者を見るのと同じだといえばわかってもらえるだろうか。酔っ払い運転常習者に対して「運転する資格なし」と罵倒するのと同じく、田母神氏には「国防の要職にある資格なし」と批判せずにはいられない。 以下、この稿では自衛隊のことを「軍隊」、自衛官(いわゆる制服組)のことを「軍人」と呼ぶことがある。私自身は憲法9条2項を改正して自衛隊を軍隊として認めるべきだ
あの論文内容を読んで擁護できる人の気が知れないです・・・せめて内容が、自衛官ならではの視点に基づいた説得力のある提言ならばまだしも、論文とは到底呼べない中学生レベルの稚拙な主張を擁護できる筈がありません。 ところがと言うかやっぱりと言うか、元航空自衛隊空将の佐藤守氏は田母神論文を全面擁護しました。佐藤守氏は以前から似たような政治思想を主張していましたから、同調するだろうなとは思いましたが、元空将がこんな事をすると「航空自衛隊はこの程度のレベルなのか」と世間一般に思われてしまうので非常に残念です。 言論封殺、危険な兆候 - 軍事評論家=佐藤守のブログ日記田母神論文を「学術的ではない」などと揶揄するコメントもあったが、学術論文ではなく「懸賞応募」論文であり、内容は私が見たところでは「幹部教育」に適した内容のものだと思っている。平易で理解しやすく、紙数に限りがある中で一般的な理解を求めた文である
「同じ人間だろ」は断固否定しなくてはならない。同じ人間ではない、という基本的な態度をとるべきなのである。 同じではないから、対話が必要なのであり、理解できる部分とできない部分を見極め、合意を形成し、ボトムラインの線引きを行う。ここからここまでは合意に達しましたね、ということで。同じ人間はそもそもありえない。同じ、ということはありえないと絶望しつつも合意が形成できることに僥倖を感じつつそこに社会関係がうまれる。 たとえばこのあたりにみられるように大騒ぎしている某府知事。バカだ、と一蹴すればよい話なのだが、そういっていられるのは実は今日明日の話であって、今後15年ぐらいのスパンで考えれば一蹴するわけにもいかぬ症状である。この人間が考えているのは競争だ。しかもその頭にあるのは、自分を競争という闘争の場から一歩引いて競争とはなにか、競争はこの場面においてあるべきか、といった思想ではない。本人がたと
組織のセキュリティポリシーを破る行為は必ずしも違法ではない。破った結果が違法行為になることはあるけど。 とはいえ、セキュリティポリシーはその組織の法律みたいなものであって、破ったからにはそれなりの社会的制裁を受けるもの。そしてシステム管理者は、セキュリティポリシーの侵害があればそれに対して何らかの対応をするのが仕事。ポリシーの策定にあたって提案をすることはあっても決定権はないし、決まった以上は「悪法も法なり」という姿勢で対応する。決定されたポリシーをいかに実効あるものにするかに心を砕いて、ポリシーを単なる文章に終わらせず、なんとかして実装する。けれども、どんな対策にも抜け道があるし、完全にポリシーを強制することが必ずしも最善な対策ではないことだってある。だからこそ、コスト、利便性やあるべきセキュリティをはかりにかけて、現実的な対策は何かを一生懸命考える。 NSM Dojoに来てもらったひと
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