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ブックマーク / blogmag.ascii.jp (5)

  • 技術は技術によって破られる - コデラノブログ 3

    昨晩あたりからネットで騒ぎになっているが、あのフリーオがB-CASカードなしでもデジタル放送の視聴が可能になるファームウェアアップデートを行なった。僕はフリーオを購入していないので確かめようがないが、ネット上のニュースによれば、制御方式を「ネットワーク」に変えるだけで、デコードされるようである。 B-CASによるスクランブルの解除は、三重構造になっている。放送波の中には、番組自体の中身であるMPEG-2 TSのほかに、番組の情報(メタデータ)と視聴可否に関する情報(有料コンテンツだからダメとか)といったECM(Entitlement Control Message)情報が含まれる。ECMの中には、編のスクランブル解除キーとなるスクランブルキー(Ks)が含まれる。これらはすべて暗号化されている。 またB-CASカード内には、加入者ごとに固有のIDと、個人契約情報(有料放送のどれを契約してい

  • 日本映像ソフト協会が香ばしすぎる - コデラノブログ 3

    社団法人日映像ソフト協会(JVA)が、デジコン委員会に意見書を提出デジコン委員会に意見書を提出したそうである。で、このニュースリリースに記されている意見書のリンクがものの見事にリンク切れになっていて、そのあたりがいかにもJVAらしい香ばしさを醸し出している。 ご記憶かもしれないが、過去JVAは、たとえタイムシフトだろうが、放送からの私的録画によって直接的な売り上げ減の有無にかかわらず、補償金が必要というリリースを出して、世の中を(゚Д゚)ハァ? のどん底にたたき込んだ。 で、テレビを録画しても直接的な売り上げ減がないという事実は、自分とこの調査で出ている。「DVDユーザー調査 2007」のP.6には、新品DVDソフト購入数減少理由というグラフがあるが、ポイントが2カ所ある。1つ目は 「TVでの放映やそれを一時的に録画して見る機会が増えた」の部分、2つめは「TVでの放映を保存用に録画するこ

    emergent
    emergent 2008/08/13
    コピー制御とかダルいからタダでいいじゃねぇか何もかも。
  • ホワイトスペースという考え方 - コデラノブログ 3

    今日のICPFのシンポジウムでは、元FCCのKevin Werbach氏の基調講演で初めて知った概念があった。それは「ホワイトスペース」という考え方である。これは電波の割り当てを、おおざっぱにここからここまでは放送ね、こっからここまでは通信ね、2.4Ghz付近はみんな使えばいいじゃん、という考え方ではなく、さらに効率的な電波利用を促進しようとするものである。 たとえばある地域の放送では、1、3、5チャンネルを使っている。なぜこんなに間を開けるかというと、隣接した地域が2、4、6チャンネルを使うという具合に、櫛形にかみ合うような格好で利用することで、干渉や混信を防ぐためである。 しかし、隣接電波の干渉を受けないような、放送拠点に近い位置では、このように飛び飛びでチャンネルを使ったその間は、なんにもない空白である。この空きスペースを「ホワイトスペース」と呼ぶのだそうである。 さらに近年の無線機

  • ダビング10と心中するか補償金 - コデラノブログ 3

    6月2日開始という計画だったダビング10も、どうやらその日開始はない、ということのようだ。昨日また文化庁が私的録音録画小委員会で、iPod補償金の話を持ち出してきた。音楽だけでなく映像の方も、ダビング10対応のレコーダに補償金を課す考えだ。 朝日新聞の赤田氏は、ダビング10を人質に補償金を通すのではと予測しているが、事実このような動きがあるとしたら、それはタチが悪いと言わざるを得ない。権利者側への反感は、また増大するだろう。 それなら消費者側は、ダビング10はいらないから補償金もなし、という選択肢がある。ダビング10などもともと筋が悪い技術だし、そもそもがオリンピックに間に合わせるための暫定合意策にしか過ぎない。そのオリンピックもなんだか素直に楽しめない状況になりそうだし、まあ記録として残す人はムーブでいいんじゃないか。ずっとHDDに残しときたいもんでもないだろう。 それよりも根的に、も

    emergent
    emergent 2008/05/10
    うんうん、ユーザが拒否するべき。それで今の会社の地位ががた落ちするかもしれないけどそれでもいい。
  • パターンマッチング - コデラノブログ 3

    今ネットに欠けている技術は、画像の類似性を探すパターンマッチング技術なんじゃないかと思う。普段から著作権の話ばかりしていると、つい違法アップロードの取り締まりとかそういう風に使うのかと思われたかもしれないが、そうじゃない。 これは、「図鑑」の復権に繋がるのではないかと思うのだ。例えばデジカメで撮った花や鳥、虫、山、そういったものの名前って、今とてつもない勢いで人々の知識の中から欠落しているのではないだろうか。絵は残る。だがそれが何だかはわからない。こういうのは、言葉の長い歴史文化をはぐくんできた民族にとっては、ある意味退化なんじゃないかと思う。 だから、撮った写真に写っている花はなんなのか、画像でマッチングさせて調べることができれば、これは「図鑑」の楽しみがもう一度味わえるのではないか。 そう、図鑑ってのは、頭から見ていくのもまた楽しいが、基的に調べ物をするときって、現物と絵柄の似たも

    emergent
    emergent 2007/10/03
    今は欠けているのだろうけど山のように研究されている課題ではないだろうか
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