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ブックマーク / readingmonkey.blog.fc2.com (38)

  • 読書は反社会的行為である

    を読むと、知識が増える、アタマが良くなる、カネが儲かる、廊下を走らなくなる、などと言う人があまりに多い。 読書家とはを読むことを恥ずかしいと思っていない者、と書いたことがあるが、もちろん事実とは違う。 を読むのが好きな人は、自分が「良いこと」をしてるとは思っていない。 むしろ「うしろぐらいこと」をしていると思っている。 を読むのが好きでない人は、読書が「良いこと」だと思っている。 これでは永久にを読む楽しさを知ることはないだろう。 そればかりか、読書を「良いこと」だとすすめて、周囲の人間まで嫌いにしてしまうだろう。 寺山修司は、暗いところで何か読んでいると「目が悪くなるからやめなさい」と叱られる、「当の理由」を看破している。 問題は、視力低下でも、照明の暗さでもない。 ヨーロッパ中世では、黙読していると「あいつは今、悪魔と喋ってやがる」と後ろ指を指されることがあった。 それと

    読書は反社会的行為である
    endo_5501
    endo_5501 2010/10/11
    個人的に、読書ってのは飲酒にかなり近いものと思ってる。本読んでたら褒めてくる人イミフ
  • ニーチェを読む暇があったら、さっさと英語を読めるようにした方がいい

    ニーチェについて何か言いたい訳ではなくて(ニーチェは哲学者の中では割と好きな方だ。数少ない全集を持っていた著者でもある。全部で二千円だったが)、どこかで耳にしたことがある程度でしかない哲学者のだとか、いわゆる「古典」を読めば何か教養みたいなものが身につく、とでも言いたげな淡い信仰について言う。 無理。そういうことは、ない。 「教養がつく」なんて理由では、そもそも読めない。 が読めないのは、読解力がないからでも、根気がないからでも、アタマが、いやむしろカラダが悪いからでもない。たとえ、これらすべてが当てはまったとしても、もっと大きな理由は別にある。 つまり、そのを読む理由がないのだ。 まあ、ニーチェなら、痛い勘違いをしながら読み進んでしまうことがないではないが、それでも、どうして自分はニーチェなんか読まなくちゃならないのか、が分かってから読んだ方がいい(その時は、取り上げられたって読も

    ニーチェを読む暇があったら、さっさと英語を読めるようにした方がいい
  • あなたに最適な本を選ぶ「5本指テスト」と「ゴルディロックス・テスト」

    子どもたちがを選ぶときによく使われるツールだが、外国語のなどを選ぶときにも有用だと思う。 5指テスト 1.君が読もうと思っているを手に取り、真ん中あたりのページを開こう。絵やイラストがないページがいい。 2.開いたところを1ページだけ最初から読んでいこう。手を握っておくのを忘れずに。 3.読んでいる間に知らない単語に出会う度に1ずつ指を伸ばそう。 4.1ページ読み終わらないうちに、指が5とも開いたら、そのまま手を振ってバイバイしよう。そのは君には難しすぎる。 5.指が1も開かず、1ページを最後まで読み終えたら、握りこぶしをおでこにつけて考えよう。そのは、今の君にはやさしすぎるかもしれない。 6.4.でも5.でもないなら、それはまさに君のためのだ! ゴルディロックス・テスト あるいは「3びきのくま」テスト 1ぴきめのくまの質問(やさしすぎる?) ・そのは何度も読んだこと

    あなたに最適な本を選ぶ「5本指テスト」と「ゴルディロックス・テスト」
    endo_5501
    endo_5501 2010/09/29
    良い指標
  • 神さまになった「お巡りさん」/防疫と警神

    増田神社がどうしてできたのかは、いまから、五十年か六十年ぐらい前の話です。 高串に、せきりのようなひどいでんせん病が、はやりました。 つぎからつぎへ、おおぜいの人がせきりにかかりました。そのころ、高串には増田という名前のおまわりさんがおりました。 増田さんはせきりにかかった人たちを、なんとかして、みんなたすけようと思っておられました。 ほかの人たちは、だれでも、せきりにかかった人を、きらって憎みましたが、増田さんは少しもそんなことはなく、やさしくかんびょうしたり、おみまいをしてやったりされました。 そうしているうちに、増田さんに、せきりがうつりました。 すると、りょかんの人は、うつるからといって、増田さんをきらい、ごはんなども、竹の先にのせてさしだしていたそうです。 それでも、増田さんは、少しもおこらず、みんなのことを心配しておられたのですが、だんだんひどくなって、とうとう死んでしまわれ

    神さまになった「お巡りさん」/防疫と警神
    endo_5501
    endo_5501 2010/09/19
    神様の発生の記録
  • 子どもをくさらせる10の叱り方

    (用途) 子どもを引っ込み思案にしたいとき 子どもの自信を奪いたいとき 子どもを神経質で不安定な性格にしたいとき 1.責める 例: 「何度汚い足で家にあがるなって言ったの。どうして、いつもそうなの。お母さんの言うこと全然聞かないんだから!」 (子どもに刷り込まれるメッセージ)私はダメなやつだ。誰からも愛される資格がない。 2.馬鹿にする 例: 「なんて行儀が悪いの。当に汚いんだから」 「部屋が汚いじゃないか。当に犬やネコと同じね」 「また忘れたの?馬鹿ねえ。」 (子どもに刷り込まれるメッセージ)私はダメなやつだ。誰からも愛される資格がない。 3.脅し 例: 「もう一度やってごらん。お尻をたたくから」 「3つ数えるまでに着替えられなかったら、置いて行くからね」 (子どもに刷り込まれるメッセージ)私はダメなやつだ。誰からも愛される資格がない。 4.命令 例: 「今すぐ部屋を片付けなさい」

    子どもをくさらせる10の叱り方
  • 家で辞書を引いてくる《予習》は単語を覚える役に立たない

    外国語の勉強で「わからない単語」に出会ったら辞書を引く、なんてことは当たり前で疑う余地もないと思うだろう。 けれど単語を覚える(語彙習得)という点からすれば、「わからない単語」に出会ったら辞書を引く、というのは,実はあまり役に立たない。 辞書を引けば、簡単に「日語での意味」がわかる。 しかし、簡単に「わかってしまった」単語は、定着しないのだ。 そして、かなり多くの学習者が、「辞書は日語訳だけを調べるツール」としてしか認識していない。 単語を覚えるなら、初見の段階では、もっとアタマに負荷をかけることをした方が良い。いわゆる「深い処理」という奴だ。 そして、その後の復習は、高速で思い出すのが効果的だ。フラッシュ・カードはこのために用いる。 復習の間隔は、次第に開けていくといい。次の日、一週間後、一ヶ月後……といった風にだ。これをspaced repetition、あるいはspaced re

    家で辞書を引いてくる《予習》は単語を覚える役に立たない
    endo_5501
    endo_5501 2010/03/28
    巨大な単語カードというのはなかなか良い気がする。情報は、より他のこととの接続が多ければ多いほど忘れにくくなるものだし/.他はちょっと負荷が高いので、やるのは難しいかも
  • 一生で何冊読めるか?/Readers' Math Shortcuts

    (出所)文化庁「国語に関する世論調査(平成20年度)」 日の新刊点数(書籍) http://www.1book.co.jp/001274.html 1960年  11,173 1970年  19,226 1980年  27,709 1990年  38,680 2000年  67,522 2001年  69,003 2002年  72,055 2003年  72,608 2004年  74,587 2005年  76,528 2006年  77,722 2007年  77,417 2008年  76,322 世界各国の出版点数ランキング(1996年) http://www.1book.co.jp/002988.html 1位  中国    110,283 2位  イギリス  107,263 3位  ドイツ    71,515 4位  日     56,221 5位  スペイン   46,

    一生で何冊読めるか?/Readers' Math Shortcuts
    endo_5501
    endo_5501 2010/03/20
    こういうの見る度に思う。「先生!マンガは1冊に数えますか?」/ニーチェ阿呆だろ。
  • 勉強なし知識なしでも選択問題を全て正解する禁じ手

    複数の選択肢から正解(もしくは間違い)を答えさせる問題は、入学試験から資格試験まで、いろんなところで出会います。 十分に勉強できてない場合、いや全く勉強してない場合でも、なんとかする方法があります。 ポイントは 選択肢の中にかならず選ぶべき正解(間違い)がある ことに注目することです。 問題を作る立場に立ってみると、 選択肢問題を作ることとは、「ひとつの正解を、他のひっかかりそうな間違いで隠すこと」なのです。 では、「ひっかかりそうな間違い」とは何でしょうか? なぜ「ひっかかりそう」になるのでしょうか? それは、(部分的に)正解と同じか似ているからです。 今、仮に「ああああいいいいうううう」という正解があったとします。 出題者はこの正解を隠すために、正解と部分的に異なる選択肢を用意します。例えばこんな風に 「ああああええええうううう」……「いいいい」部分を取り替え 「ああああいいいいおおお

    勉強なし知識なしでも選択問題を全て正解する禁じ手
  • 頼母子講という相互金融

    某所で消費者金融の記事にコメントをつけながら、かつてはその代わりとして機能していて、今はほとんど見られないものに、頼母子講等の相互金融があることを思い出していた。 たとえば沖縄では、ユイマール(日史でいうところの結(ユイ)から来てる?)という相互金融がよくのこっていて、サラ金があまり入り込む余地がないと、中村尚司氏が『地域自立の経済学』に書いている。 頼母子講は日でも中世からつづく庶民金融である。 たとえば宇野千代が初めて買った札幌の家は、お仕立てでためた金を頼母子講で運用して買ったものだった。 山梨県内の飲店では今も「無尽承(むじんうけたまわ)ります」のはりがみがよく貼ってある。 これは「無尽講」のことで、掛け金を毎月持ち寄り、仲間内で順番に融通し合う。 現在は、金銭絡みは減り、気心の知れた仲間と、事をしながら交流する寄り合いの面が強い。 職場や出身校、隣近所など様々な単位で行わ

    頼母子講という相互金融
  • 史上最大にして、最もささやかな宗教とその帰結:何故我々は満員電車で無視し合うのか?

    「みんながめいめい自分の神さまがほんとうの神さまだというだろう。 けれどもお互い他の神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう」 (宮沢賢治『銀河鉄道の夜』初期形第3稿より) 人が、自分の生まれた村や町で一生を終えていた時代には(想像もつかないほど昔のことじゃない。時間にすれば、人類の歴史のうちほとんどがそうだった)、接する人たちは皆顔見知りで、村や町みんなで同じ神様を祭ったり拝んだりしていた。 コミュニティの中や近くにある岩やらトーテムを、コミュニティのみんなで拝んでおけば、自然と一体感がうまれてうまくいった。 これが原始的な宗教のかたちだった。 そして同じ神様を祭ったり拝んだりする人たちが、要するに「仲間」だった。 ところが、多くの人間が互いに大きく移動し合い、一人の人間がいくつもの集団に所属したり、見も知らぬ人の集まりがあちこちにできたりする時代となると、「同じモノを拝む奴

    史上最大にして、最もささやかな宗教とその帰結:何故我々は満員電車で無視し合うのか?
  • 明治44年、子供向けビジネス雑誌に連載された時代を超えたビジネス・モデルたち/幸田露伴「番茶會談」

    「実業少年」という子供向けビジネス雑誌(そんなものがあったのである)に明治44年、露伴が連載したもの。 さすがは露伴、のほほんとした強力(ごうりき)ぶりに目を見張る。 当時、少しでも見どころのある少年は、安定を求めて公務員になろう、大企業に入って終身雇用でぼったくろうなどと思ったりせず、必ずや自ら事業を興して成功してやらう、三井、岩崎が何する者ぞ、と心を決めているのだった。 だから子供向けビジネス雑誌といっても、今のサラリーマンくずれが読むものよりずっと気が利いてる。 というわけで、作中に登場する少年たちは、正体はよくわからないがとにかく物のわかったそのおじさんを尋ねる(おじさんは、読者である我々にはまるで露伴その人のように思える)。 おじさんは次々に、カード式の知的生産の技術や、そのうち軍事利用されるだろう飛行機の簡易撃退法や、加藤清正のごとく/紀伊国屋文左衛門のごとく、ハダカ一貫からの

    明治44年、子供向けビジネス雑誌に連載された時代を超えたビジネス・モデルたち/幸田露伴「番茶會談」
  • 最低限の英語2 “言い返す”

    英語で話しかけられた時、よくやってしまうことだが、実は決してしてはならない返答がある。 I don't know. 知りません/わかりません。 だ。理由は後述するが、「最低限の英語」から見ても、この答えは最低だ。 知ったかぶりするより、知らないと素直に表明するのが美徳だと考えてる人もいるかもしれない。逆に、「こんなこと言ったら、バカに見られるから慎めとか」と考える人もいるだろう。 しかし、「最低限の英語」からすれば、この返答はもっとひどい。 なんとなれば、この言葉は、相手と社会と世界に対して完全クローズのポーズを決めこむ事に等しい。言えば、ひきこもりイングリッシュだ。 人間だから、わからないことがあるのは当然である。 まして異文化に入った最初のうちは、分からん事だらけだろう。 だから、I don't know.ってフレーズは必ず、しかも頻繁にアタマに浮かぶ。それは仕方がない。 そんなときは

    最低限の英語2 “言い返す”
  • 最小限の英語

    無人島では言葉はいらない。 どうしても言葉が必要になるのは、つまるところ 自分一人ではどうしようもなくて、誰かに何か頼みたいときだ。 ギブ・ミー・チョコレイトでもいいが、英語圏の幼子はまず最初に「Please」と「Thank you」を学ぶ。 This one, please. ・・・・ Thank you. Pleaseだけで、大抵の用(どうしても言葉が必要な用)は、足りる。 足りるけれども、いつまでもこれだと、駄々っ子か幼子のままである。 もうすこし相手に(人として)丁寧に扱ってほしいなら、丁寧な言い方をするといい。 Please~. を丁寧にすると、Can I have~? となる。 「キャナイハブ~」と一気に言って、その後ろにほしいものをくっつけるといい。 ほんの少しだけ長いだけで、プリーズが使えるなら、こちらも大した苦労なく使えるだろう。 「I'd like to ~(アイドライ

    最小限の英語
  • がんばらないぶんめいのはなし/スメート・ジュムサイ『水の神ナーガ―アジアの水辺空間と文化』

    陸の民ノアたちは、神の怒りによる洪水=災難でもって、船に乗り水上生活を余儀なくされ(ちゃんと家畜も積んでいた)、そして陸地を目指さなくてはならなかった。 1:がんばらないぶんめい、水の民アジアのウォーターフロントの連中は、最初から洪水の上に住まっている。4~5mもある水深の「畑」で、作物(米)まで作っている。船にのって、収穫する。 ある村では、どの家にも周りに20mの高い4の柱が立っている。それらは家のどの部分も(床、屋根)支えていない。どの家も、実は床はいかだの上につくられている。柱は、水に浮かんだ住宅を綱でつなぐためのものだ。ひとたび洪水になれば、全コミュニティは、家や商店、集会所、そして犬小屋までも、住民の意思とは関係なく、自動的に浮かび上がる。 それで連中は、ポスト温暖化=ポスト・ノア洪水を(要するに「文明」の終わりを)生きている。地面が水没したり、また現れたりすることは、人類史

    がんばらないぶんめいのはなし/スメート・ジュムサイ『水の神ナーガ―アジアの水辺空間と文化』
    endo_5501
    endo_5501 2009/12/05
    石材を使う文明と木材を使う文明の比較「実のところ、植物資源を家畜に食わせてからその家畜を食うよりも、いきなり植物資源を食べた方がエネルギー損失が少ない」
  • 読者の権利10ヶ条 ――ダニエル ペナック『奔放な読書―本嫌いのための新読書術』

    Author:くるぶし(読書猿) twitter:@kurubushi_rm カテゴリ別記事一覧 新しいが出ました。 読書猿『独学大全』ダイヤモンド社 2020/9/29書籍版刊行、電子書籍10/21配信。 ISBN-13 : 978-4478108536 2021/06/02 11刷決定 累計200,000部(紙+電子) 2022/10/26 14刷決定 累計260,000部(紙+電子) 紀伊國屋じんぶん大賞2021 第3位 アンダー29.5人文書大賞2021 新刊部門 第1位 第2の著作です。 2017/11/20刊行、4刷まで来ました。 読書猿 (著) 『問題解決大全』 ISBN:978-4894517806 2017/12/18 電書出ました。 Kindle版・楽天Kobo版・iBooks版 韓国語版 『문제해결 대전』、繁体字版『線性VS環狀思考』も出ています。 こちらは10刷

    読者の権利10ヶ条 ――ダニエル ペナック『奔放な読書―本嫌いのための新読書術』
  • それでも「先延ばし」がやめられないあなたのための一枚のシート

    名前 ぐずぐず主義克服シート 適応 やるべきことになかなか取りかかれないとき 仕事をする気にならないとき やるべきことが先送りになるとき 使用法 1.やるべき仕事をいくつかの作業に分ける。 2.わけたそれぞれの作業について、その困難さとやり終えた際の満足度を予想して、0から100の数値で表してみる。 3.一番最初の作業に取りかかり、その作業が終わったら、作業が実際にはどのくらい難しかったか、また実際にどのくらい満足したかを、それぞれ0から100の数値で表して記録する。 (実際にやってみると自分のマイナスの予想がいかに間違っていたかを知っておどろくことになる) 4.以下、区分した仕事をやり終えるごとに、その仕事が実際にはどのくらい難しかったか、また実際にどのくらい満足したかをそれぞれ記録していく。 解説 うつに対する認知療法のセルプヘルプの中でも長年最も広く使われてきたデイビッド・D. バ

    それでも「先延ばし」がやめられないあなたのための一枚のシート
    endo_5501
    endo_5501 2009/11/30
    だるい時とかやってみる
  • 難しい本を最後まで読むのに人間が昔からやってきたこと

    1.そのを読みたい人が何人か集まる。 2.そのをいくつかの部分に分け、参加者にそれぞれ割り当てる。 3.次回にとりあげる部分を割り当てられた人(担当者)は、その部分をなんとか全部読み、次回の集まりには要約(レジュメ)を作ってくる。分からなかったところや疑問点も、要約に入れておく。 4.担当者でない他の人たちも、次回にとりあげられる同じ部分を読んでくる。分からなかったところや疑問点を、次の集まりに持ち寄る。 5.集まりでは、担当者がじぶんがまとめた要約を参加者に配り、口頭でもその部分の概要を発表する。分からなかった部分や疑問点などについて各自の見解をぶつけ合う。指導者がいる場合は、議論された疑問点や、取り上げられなかった重要な点について、参加者の議論を補足する。 6.の最後まで、3~5の繰り返し。 改めて言うまでもないが、「輪読」と呼ばれる方法である。 「の読み方」みたいなものは、基

    難しい本を最後まで読むのに人間が昔からやってきたこと
    endo_5501
    endo_5501 2009/11/30
    そうか、一人輪読か
  • 国書の持つ歴史の厚みと「活字本」の歴史の薄っぺらさ/『国書総目録』

    「活字好き」なんて言葉があるが、昨今電子版組が増えて、ページをなでると文字ごとに膨らみがある「当の活字」は、実はほぼ絶滅の危機に瀕している。 「活字好き」と「好き」とは、そのうちイコールで結べなくなるにちがいない。 そもそもが、活字=というのは行き過ぎた話である。 『書物』という書物の中で、森銃三は、「活字ばかり読んでると、人間に深みがでない」という説を紹介している。今では「活字以外にがあるんですか?」と聞き返されそうな意見である。 日で活字印刷が普及するには、欧米に比べれば遥かに遅く、明治に入ってからである。活字印刷の技術を知らなかった訳ではないし、日人はを読まなかった訳ではない。それどころか驚くべき識字率と書籍販売量を誇っていたのである。 それが活字導入については逆に仇になった。江戸時代の出版の主流を占めたのは、いうまでもなく版(木版刷りの)である。一文字づつ活

    国書の持つ歴史の厚みと「活字本」の歴史の薄っぺらさ/『国書総目録』
    endo_5501
    endo_5501 2009/11/30
    「こんな調子では、そこで人が言うセリフはもう決まっているではないか」→「電子書籍以外に本があるんですか?」(早く来ないかなー)