エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
書評:小林芳樹編訳『ラカン 患者との対話』(2014)
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
書評:小林芳樹編訳『ラカン 患者との対話』(2014)
ラカンといえば、一昔まえには、「小難しい理論を並べるわりには臨床で何をやっているのか見えてこない... ラカンといえば、一昔まえには、「小難しい理論を並べるわりには臨床で何をやっているのか見えてこない」、というのが批判の対象ともなったものだ。その背景には、『エクリ』出版当時から“構造主義の思想家”に祀り上げられたラカンが、長らくのあいだ哲学思想/文化批評の文脈でのみ受け入れられてきた、という事情もあるだろう。その点、振り返ってみれば、読者のほうがスタートでそもそも躓いていたとも言える。ラカン自身は常に分析家に向けて、つまり臨床家に向けて語っていたのだから、小難しい理論は最初から実践の話として聞くべきだった。しかし、それでも相変わらずラカンに文句を言いたくなることがひとつあるとすれば、彼はあまりに自身の臨床経験について語ることが少なかった、ということだ。その稀有な例外のひとつが「ジェラール症例」である。 この症例記録については、僕も、ものの本での言及をつうじて存在だけは知っていたが、実際に確認