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上野千鶴子、1989、「スカートの下の劇場」: muse-A-muse 2nd
とりあえずセクシャリティとそれによるリアリティ/疎外/アイデンティファイをめぐるこの辺りの話はもっ... とりあえずセクシャリティとそれによるリアリティ/疎外/アイデンティファイをめぐるこの辺りの話はもっと心理学的なアプローチが必要なようにおもう。 たとえば「女性はオートエロティシズムできるほど生来エロエロ」といっても女性によって出来ない人もいるし、才能のあるM男のような人もいる。 才能のあるM男の場合は一般的な女性と同じく性的場面で受け身の役割を担うわけだけどいじめられることを性的快感につなげるので従来の性規範からは外れる。 ベタなM男性イメージとしては「ふだんはエリート・権威的な役割を社会的に分担させられているが、そこで生じるコミュニケーション的な疎外を埋めるために刺激として過度に被虐的な性的役割を求める」という理解も成り立つ。でもそういった理解から外れるM男もいるだろうし、その場合、どういう心理機構なのか考えてみる過程を通して一般的に受け身な役割を担わされてる女性のその辺りの心理機構もわ
2014/02/15 リンク