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「第1回日本漢文学総合討論」(3/23)パネルディスカッションの要旨です
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「第1回日本漢文学総合討論」(3/23)パネルディスカッションの要旨です
パネルディスカッション1 「日本漢詩の古典化と近代の文芸批評及び教科書」 日本漢詩文のうち、どの作... パネルディスカッション1 「日本漢詩の古典化と近代の文芸批評及び教科書」 日本漢詩文のうち、どの作品が、名詩や名文と呼ばれるかは、その時代時代の思潮や教育が大きな影響を与えている。本パネルでは、主として江戸時代の漢詩を対象として、明治期以降、どのような過程を経て、名詩となったか、すなわち、古典化されたかについて検討する。明治期以降を通覧した場合、とくに古典形成の動きがとくに顕著な時期として、明治30年代(1900年代頃)と、昭和40年代(1965~74年頃)を挙げることができる。 明治30年代は、1904(明治37)年に国定教科書が採用され、それまで多様な試みがなされていた中学漢文教科書が一定の方向に集約され、掲載される漢文作品の質が統一的になった時期である。と同時に、小説などを通じて、広瀬淡窓「桂林荘雑詠示諸生」などの詩が一層人口に膾炙することとなった時期でもあった。 一方、昭和40年代