エントリーの編集
![loading...](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/common/loading@2x.gif)
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント1件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
![アプリのスクリーンショット](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/entry/app-screenshot.png)
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
少し前の飯田線Ⅳ
(3)-3 戦前形2扉車 流電グループ 前回の「(3)-2 戦前形2扉車 42系」から半年以上経過し... (3)-3 戦前形2扉車 流電グループ 前回の「(3)-2 戦前形2扉車 42系」から半年以上経過したが、今回は流電グループを解説する。 流電グループについては、過去趣味誌で解説され尽くされている感があるが、全体の流れを把握するために改めて飯田線入線までの動きを簡単に述べてみたい。 昭和9年7月、吹田~須磨間が電化された際、大阪~神戸間を28分で運転する「急行電車」を運転、昭和12年10月、吹田~京都間電化時に運転区間を京都まで延長した。 昭和11年3月に急行用として、第一次流電と呼ばれる1編成、モハ52001+サロハ46018+サハ48029+モハ52002が新製された。昭和12年3月、モハ52003+サロハ66016+サハ48030+モハ52004、モハ52005+サロハ66017+サハ48031+モハ52006の2編成が増備されたが、窓が大きくなり更にスマートになった。昭和12年8月
2013/12/14 リンク