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モノからコトの世界が始まる〜 いまなぜ南方熊楠なのか(その2) - Misakiの曼荼羅ブログ
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モノからコトの世界が始まる〜 いまなぜ南方熊楠なのか(その2) - Misakiの曼荼羅ブログ
美咲です。 ご無沙汰しております。 いま考えているのは、どのように南方曼荼羅を自分の中に取り込むか... 美咲です。 ご無沙汰しております。 いま考えているのは、どのように南方曼荼羅を自分の中に取り込むかということです。南方曼荼羅の中でとても大切なのは、前回のコラムで話した「萃点」です。”萃点”はすべての人々が出会う出会いの場、つまり交差点みたいなものです。多様なものが、お互い異なるものが、お互いにそこで交流することによって、もしくはぶつかることによって影響を与える場。それが”萃点”です。萃点は中心ではありません。中心にあると、命令・指令することになりますから。しかもこの”萃点”は移動するのです。この萃点がつまるところ謎解きの鍵となっていきます。 南方曼荼羅は紙に描かれているので一見平面に見えますが、本当は立体です。だからわたしにとって、南方曼荼羅は宇宙そのものなのです。この思想をどう自分の中に取り込めばよいのか、なぜ今南方熊楠の思想にヒントを得るべきか、根拠を考えていたのですが、南方の思想は