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大江宏 - Wikipedia
大江宏(おおえ ひろし、1913年(大正2年)6月14日 - 1989年(平成元年)3月3日)は、日本の建築家。 モ... 大江宏(おおえ ひろし、1913年(大正2年)6月14日 - 1989年(平成元年)3月3日)は、日本の建築家。 モダニズムと日本の伝統様式とを決して融合することなく「混在併存」させた建築意匠で知られる。また、教育者として法政大学建築学科の礎を築き、多くの後進を育成した。主な作品に法政大学、香川県立丸亀武道館[1]、普連土学園、国立能楽堂など。日本芸術院会員。勲三等旭日中綬章叙勲。秋田県秋田市生まれ。 父の大江新太郎は明治神宮造営技師を務め、日光東照宮の修理、および明治神宮宝物殿、神田明神の設計を手がけた建築家。長男の大江新は建築家・法政大学名誉教授。 経歴[編集] 1913年(大正2年) 父・大江新太郎、母規矩児(菊路)の長男として、秋田市にて生まれる。生後間もなく父の赴任地、日光山内安養院に戻る。 1916年(大正5年) 大江新太郎は、日光東照宮修理事業に主任技師として関わる。東京赤坂