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東公平 - Wikipedia
兵庫県神戸市に生まれる[1]。木見金治郎九段に将棋を師事する。将棋棋士を志し灘高等学校を中退し、上京... 兵庫県神戸市に生まれる[1]。木見金治郎九段に将棋を師事する。将棋棋士を志し灘高等学校を中退し、上京して梶一郎九段門下で奨励会に入るが、初段で退会。その後、日本将棋連盟職員となり、さらにその後朝日新聞社と観戦記者契約を結んだ。「紅」のペンネームで多くの観戦記を執筆[1]。 チェスプレーヤーでもあり、旧日本チェス連盟(日本チェス協会とは無関係)が活動していた時代に日本チェス連盟チャンピオンとなる。その後日本チェス協会設立に当たり発起人となる。1969年にシンガポールオープンの日本チェス協会代表[1]、1970年に西ドイツのジーゲンで開催された第19回チェス・オリンピアードの日本チェス協会代表となる[1]。郵便チェスオリンピックにも参加し、ニューヨークのワールドオープンにも参加した。 1987年、河口俊彦らと「将棋ペンクラブ」を創設。同クラブ副会長をつとめる[2]。1996年『升田幸三物語』で
2009/04/10 リンク