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寺山修司 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 『寺山修司歌集』 - 橋の下の蜘蛛 ―短歌の鑑賞、歌集評、書評など―
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 《歌意》マッチに火を点けると、火に照らさ... マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 《歌意》マッチに火を点けると、火に照らされて海に霧が深く立ち込めている情景が浮かび上がる。私が命を捧げて守るに値するほどの祖国はあるのか。 《解説》 場所は波止場、時間は夜に近い夕暮れだろうか。暗がりの中、ロングコートを着た男が独り海を見つめ、タバコに火を点すという場面が目に浮かぶ。乳白色の霧の中にて、マッチの炎の周囲だけが赤く照らされる。やや日活の無国籍アクション映画のような場面を想像してしまうのは、コートを着た寺山修司の写真が記憶にあるためかもしれない。 寺山のこの歌は、1957年1月に出版された作品集『われに五月を』の「祖国喪失」と題された一連に収録され、さらに翌年出版された歌集『空には本』にも収録された。歌人が「身捨つるほどの祖国」と詠う背景には、太平洋戦争において、大日本帝国のため、天皇のためと信じて、戦い死んでいった上の
2020/03/05 リンク